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第3期アクセラレータ参加企業連載 第4話:量子コンピューターで画期的な金融サービスを生み出す ~アクセラレータ 準グランプリ企業・MDRが三菱UFJ銀行と共同研究を開始~

MDRの湊 雄一郎社長

第3期アクセラレータ参加企業連載 第4話:量子コンピューターで画期的な金融サービスを生み出す ~アクセラレータ 準グランプリ企業・MDRが三菱UFJ銀行と共同研究を開始~

量子コンピューターが世の中から大きな注目を集めており、金融の世界でも、今後活用されるといわれている。三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)が開催した「第3期 MUFG Digital アクセラレータ」で準グランプリを受賞した株式会社MDRが三菱UFJ銀行と量子コンピューターに関する共同研究を進めると発表し、注目を集めている。ここではMDRの湊 雄一郎社長を迎え、量子コンピューターが生み出す金融サービスの可能性について、MDRと4ヶ月間議論を重ねたMUFG各社の社員と行なった座談会の様子をレポートする。

今回は、MDRの代表取締役を務める湊雄一郎氏に加え、アクセラレータ中にMDRを支援した株式会社三菱UFJ銀行 デジタル企画部 プリンシパルアナリスト 柴田誠氏(取材当時)、三菱UFJキャピタル株式会社 投資第一部(テクノロジー/クロスボーダー)副部長の野田剛氏、三菱UFJ国際投信株式会社 戦略運用部 副部長の水野善公氏、三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社フィナンシャルエンジニアリング部 クオンツ&先端ソリューション開発課長の吉岡明広氏にアクセラレータ期間中の取り組みや今後の展望について話を聞いた。

日本でも有数の実績を持つ MDRの量子コンピューター事業

MDRは量子コンピューター向けのソフトウェアとハードウェアの開発を行なっている。2014年、世の中が量子コンピューターに注目する前から事業化に向けて動いている。

湊氏が量子コンピューターに目をつけたのは、業務である課題に直面したのがきっかけだ。「金融のリスク計算を請け負うことがあったのですが、この計算が遅くて困っていました。色々調べるうちに量子コンピューターなら解けることが分かったのです。」

当時、量子コンピューターの実用化はまだ先という見方が大半だった。湊氏も大学の教授などに相談したところ、反対の声が多かったという。しかし、湊氏はこの状況をチャンスと捉え、量子コンピューターの分野で世界的な企業として名高いカナダのD-Wave社に足を運ぶなど知見を得た。その結果、2015年には「総務省異能vation研究」に採択されるなど日本でも有数の実績を持つ量子コンピューターの企業に成長した。

2度目のチャレンジでアクセラレータに参加が決定

実は、MDRは第2期のアクセラレータにも申し込みをしている。しかし、当時は参加することができず、第3期に再挑戦することになった。2度目のチャレンジが実った要因は何か。ここからは、座談会の様子をお届けしたい。(文中敬称略)

湊:第2期の反省を生かして、第3期ではまず会社として組織を整えました。財務状況も外部から確認できるよう貸借対照表や損益計算書も作りました。また、異能vationに採択されるなど、実績ができたことが大きかったですね。自信を持って提案できるようになりました。

2回目の応募だったので金融のニーズを掴めていました。ポートフォリオの最適化より、セキュリティをテーマにした方が響くと考えました。

吉岡:私は第2回で審査を担当していました。確かに、その時は金融ポートフォリオの最適化を中心に提案されていて、それほど刺さらなかった。第3回のプレゼンを受けてセキュリティに対する危機意識を強く促され、何かやらねばと感じた方も多かったのではないでしょうか。もちろん、第2回のプレゼンにて得た予備知識が第3期の審査に役立ったとは思います。

湊:自分たちが必要と考えていることと異なっていることは第2期の審査の時に感じました。

水野: 量子コンピューターに対する私たちの期待も先行していました。暗号解析に対する危機感もありましたが、実証研究が始まっているなら触れてみたいなと思いました。


(三菱UFJ国際投信の水野善公氏)

柴田:量子コンピューターをメディアが取り上げることも増えてきて、世の中の関心が高まっていることも大きかったです。そろそろ手をつけたほうがいいのではという空気が醸成されていたし、アメリカの金融機関も量子コンピューターへの投資を進めて、研究を始めているという情報も入ってきていました。


(三菱UFJ銀行の柴田誠氏)

野田:VC目線からすると、量子コンピューターはアメリカが一人勝ちではないかと見ていました。正直大丈夫かなと思っていましたが、MDRに実績があったので、まだチャンスはあるかなと考えを改めることができました。

未来を見据え量子コンピューターで何ができるか検証する

柴田:まず量子コンピューターで何ができるか、我々も理解する必要がありました。他の参加企業と違うアプローチになりますが、そこからスタートしました。最終的には検証できたらいいと当初は考えていました。

水野:他のスタートアップはビジネスモデルが固まっていることが多いです。それをさらに100%の状態へ近付けていくのがアクセラレータプログラムの目的にもなっている。ただし、MDRの場合、将来性が高い要素技術が先行しています。そうなると他の企業と同様に進めてよいか関係者の間でも議論になりました。

吉岡:具体的なビジネスプランを考えるか、もっと未来を見据えるのかメンターの間でも意見が割れましたね。

野田:そういったこともあり、プログラムの途中で考えが変わっていきました。共同研究の議論が最初にあって、ただそれが難しいとわかって、もう一度計画を立て直す。量子コンピューターを評価する時間がまず必要でした。

柴田:アクセラレータの4カ月でできる限界も見えていまいた。基礎知識が無い人が量子コンピューターをいきなり使うのは難しい。それなら、ミドルウェアを用意して使える人を増やすのがいいということになりました。これで、その次の段階に進むための準備ができる。

水野:そうやって土台を固めることで、長くお付き合いできるようになると考えています。第4次産業革命、さらにその先を支える技術ですから。

量子コンピューターをどう理解するか

野田:私はもともと機械設計が専門でした。ただ、量子コンピューターは今までのハードとはまるで異なっています。最初のころは毎週勉強会をやっていましたね。事前に資料を共有してもらっていましたが、すぐに分かるものではありませんでした。時間をかけて理解を深めていきました。


(三菱UFJキャピタルの野田剛氏)

吉岡:私はもともと金融工学が専門。日々の業務で計算量の問題には直面していたので、量子コンピューターでこの問題が解決できるのか興味がありました。アクセラレータで勉強会を設けたのは初めてと聞いています。少なくとも量子コンピューターの議論ができるレベルまで持っていく必要がありました。

野田:MDRは難しい量子コンピューターを簡単に使うことを目標にしています。逆に、MDRのミドルウェアを利用せずに量子コンピューターを使おうとするとどれくらい大変か、そのギャップを理解するのが大変でしたね。

柴田:私は数理統計の出身です。数式にアレルギーはありませんでしたが、量子コンピューターの重要性を数式に使わずどう伝えるかを考えていました。

新しいパラダイムに基づいた金融モデルを構築できるか

柴田:量子コンピューターの活用を考える上で、より重要になるのはセキュリティの問題です。銀行のオンラインサービスは、暗号技術によって支えられています。現在のコンピューターでは、この暗号を解くのに途方も無い時間がかかり、現実的には不可能とされていますが、量子コンピューターによって数秒で解けてしまう可能性もあります。

これが5年後になるのか、10年後になるのかは現時点ではわかりません。銀行は1000以上のシステムが暗号技術の力を借りて運用されています。前もって準備しておかないと手遅れになる可能性が高いです。

吉岡:最適な投資ポートフォリオを考える上でも、量子コンピューターの活用は期待されています。ただ、今のコンピューターで解いている問題を、そのまま量子コンピューターで解いても劇的なブレークスルーに即繋がるわけではありません。ただし、それは今ある問題に関してであって、量子コンピューターがあることを前提に問題そのものを再定義すれば、全く新しい世界が金融モデルの世界にも訪れるかもしれません。


(三菱UFJモルガン・スタンレー証券の吉岡明広氏)

水野:現時点でできることは、過去のデータに基づいて将来の最適解を求める「静的な最適化」です。しかし、これだと限界があることも見えています。個人的には、リアルタイムに発生するデータを反映させて最適解を求める動的な最適化ができると面白いと考えています。

柴田:こういったニーズも踏まえて、三菱UFJ銀行は慶應義塾大学とIBMが共同で進める産学連携の量子コンピューター活用プロジェクト「IBM Qネットワークハブ」に参画します。そこにはMDRも加わってもらい、取り組みを進める予定です。金融における量子コンピューターの適用がこれから進められるでしょう。

準備すればその分返ってくるものも大きい

4ヵ月間のアクセラレータで、MUFGとの議論を通じて湊氏はビジネスの根幹が大きく変わったと確信している。

「実務者と投資銀行業務、セキュリティなどあらゆる分野の課題検証を量子コンピューターで行うことができました。どの分野で量子コンピューターが活用できそうか、見通しが立ちました。」

また開発にリソースを集中していたため、ソフトウェアの名前や見せ方などこれまで着手できていなかった部分にも取り組めたという。1人でやっていると中途半端になってしまいがちなところを、アクセラレータに参加することで大きく変えられた。

「アクセラレータに参加したことで、事業が小さくまとまる心配がなくなりました。三菱UFJ銀行との共同研究契約もでき、外からの目も変わりました。」と湊氏は手応えを感じている。

アクセラレータもいよいよ第4期が始まる。これから参加する企業に対して、湊氏はこうアドバイスする。「準備できることは最大限準備しましょう。その分、得られるものも大きくなるはずです。事業のポテンシャルを引き上げる機会と捉え、トライしてください。」

金融分野における量子コンピューターの活用はまだまだこれからだ。しかし、そのポテンシャルは現時点では見えないほど大きい。量子コンピューターによって生み出される画期的な金融サービスの誕生は今から待ち遠しい。


(左から三菱UFJキャピタルの野田剛氏、三菱UFJ国際投信の水野善公氏、MDRの湊 雄一郎氏、三菱UFJ銀行の柴田誠氏、三菱UFJモルガン・スタンレー証券の吉岡明広氏)