障がい者雇用における戦力化を力強くサポート
Q.「障がい者雇用サポート事業」を立ち上げるに至った経緯を教えてください。
出発点は、私の家族に障がい当事者がいたことです。私自身が当事者に近い立場であることから、自分ごととして障がい福祉の領域で困りごとを解決したい、また、自分と同じように障がい者の家族がいる方々、そして障がい当事者の力になりたいという思いが根底にありました。そこで描いたのが、障がい当事者やその家族が、患者会の役員の方や同じような経験をしてきた当事者やその家族など知見を持った人にオンラインで相談できるスポットコンサルティングサービス、つまりCtoCの事業でした。
しかしこのモデルはマネタイズが難しく、事業性が期待できないとの指摘を受けたことから、個人を顧客とする事業から企業をサポートする事業にできないかと発想を転換し、BtoBの事業を考えました。これならば企業の課題を解決し、また障がい当事者の支援にもつながり、市場性も期待できます。このような過程を経て障がい者雇用をサポートする事業として立ち上げるために活動し、第一号の拠点を北新宿に開設するに至りました。
(デジタル戦略統括部人材・総括Gr 森 信一)
Q.事業モデルの特徴について教えてください。
障害者雇用促進法では「従業員が一定数以上の規模の事業主は、従業員に占める身体障害者・知的障害者・精神障害者の割合を法定雇用率以上にする義務がある」と定められています。しかし多くの企業には雇用した障がい者従業員の業務面のサポートや定着支援を行うスタッフ・ノウハウが不足しており、障がい者従業員の働きやすい環境を確保するためのハード面のインフラも不足しています。精神障がい者の半数近くが1年以内に離職すると言われている現状において、これらは重要な課題となっています。
当行の「障がい者雇用サポート事業」は、当行が用意したサテライトオフィスに企業が雇用した障がい者が勤務する形となっており、常駐スタッフがさまざまなスキルアップの支援や業務サポート、定着支援を実施しています。例えば業務にひもづくスキルを学ぶための会計研修やインボイス制度研修、Excel研修の実施、週次の定着面談の実施など、必要な合理的配慮やきめ細かなサポートを行っています。また、業務に直接関連したサポートが必要な場合に備えて、雇用した企業側の業務担当者が来てもらいやすいように自由に利用できる執務スペースも用意しました。
基本的にはここは一時預かりの場所であり、業務遂行が可能である程度安定して働けるようになった方には「卒業」していただくことがゴールです。その結果、企業の本社や各事業所で働けるようになればご本人のステップアップ・キャリアアップにつながるでしょう。障がい者の方々が自立に向けて踏み出すことを促す施設でありたいと考えています。
こうした一連のサービスを「チャレンジドバンク」とネーミングし、銀行業法上は経営相談の一環と位置づけて、サテライトオフィスの立地周辺の企業に提案しています。
ファシリティや顧客基盤を活かす
Q.三菱UFJ銀行ならではの特徴はどの点にありますか。
いくつかあります。
まず一つめはスキルアップの支援です。障がい者従業員の担当する業務には管理系部署のものが多いのですが、金融機関である我々は財務経理や外国為替などの業務に精通しているため、これらのスキルアップ支援に強みを発揮しています。
二つめが、ファシリティです。第一号として北新宿に開設したサテライトオフィスは、支店の統廃合によって生まれた遊休施設を利用したものです。銀行の元支店ですから好立地であり、ここも都心の複数の駅から歩いて通える場所にあります。広さも十分で、休憩スペースはもちろんのこと、企業の担当者の執務スペースとなるシェアオフィス空間も用意しています。見学にいらっしゃった皆さんも、この点には感嘆の声を上げてくださいます。
また、国内最大の金融機関としての顧客基盤も強みとなっています。現在サテライトオフィスをご利用いただいている企業の中には、障がい者雇用について支店に相談し、支店経由で私のもとにご連絡をくださったケースもあります。その際、印象的だったのが「障がい者雇用は諦めかけていたが光が差してきた」と企業の方からおっしゃっていただいたことです。経営課題解決の一つのサービスになっていければと思っています。
最後に、特例子会社の三菱UFJビジネスパートナーの存在も欠かせません。同社は1996年の設立以来、長年にわたってグループの一員として障がい者雇用に取り組んでいます。同社が保有する「障がい者の方々が安心して働くための環境づくりやサポート体制」や「人材採用のノウハウ」などについて事業化を進める上で多くのアドバイスをいただきました。同社の持つこういったノウハウは、サービス利用企業へのサポートに反映させてもらっています。
こういった点が私たちの取り組む「障がい者雇用サポート事業」ならではの特徴であり、強みとなっています。
(北新宿 サテライトオフィス)
Q.新規事業創出プログラム「Spark X 2023」でグランプリを受賞されましたが、応募の経緯を教えてください。
私の学生時代、周囲には起業を志す仲間が多くいましたし、アントプレナーシップを養成する授業も多くありました。私自身は卒業して当行に入行し、法人営業やM&Aアドバイザリー業務で経験を重ねてきましたが、その間も学生時代の友人が独立・起業する様子を見てきました。その姿は輝いており、「自分もいつかは」という想いがずっとありました。そんなときに出会ったのが新規事業創出プログラム「Spark X」です。
第一回の新規事業創出プログラムの開催を知ったとき、長年抱いてきた事業創出への想いと、障がい者支援の志が一つに重なり、「これだ!」と思い応募を決意しました。しかしその際は、冒頭にもお話ししたようにマネタイズの難しさを指摘されたことで受賞には至りませんでした。
そこで第二回の「Spark X 2023」では、BtoBモデルへとピボットさせ、現状の事業モデルで再挑戦し採択を頂きました。応募に際してヒアリングという形でご協力くださった企業の方々、アドバイスをくださった三菱UFJビジネスパートナーをはじめとしたMUFG社員の皆さんのご協力があってこその受賞だったことは間違いなく、深く感謝しています。
グランプリを受賞するまでは当時所属していた部署で掛け持ちという形で取り組み、受賞後の翌年4月からはデジタル戦略統括部に異動して専業として取り組んでいます。「Spark X」は2次審査通過後から業務時間の20%までを副業に使うことができ、新規事業創出プログラム最終審査前には検証予算が支給されます。新規事業創出への想いをカタチにする上で、力強くサポートしていただいたと感謝しています。
規模の追求はせず、丁寧な支援を続けたい
Q.今後の展開について教えてください。
今後は北新宿のサテライトオフィスを利用いただく企業を5~6社程度に増やすことが、当面の目標です。同時に2025年度にはもう一カ所、サテライトオフィスを開設する予定で準備を進めています。また、将来的にはこちらから企業に出向いて障がい者雇用に関する各種支援を行うインハウス型のサービスなども展開できたらと思っています。
ただし、規模を追求するつもりはまったくありません。一つひとつの拠点、ご利用いただいている企業、そこで働く一人ひとりのキャリアアップを大切に、丁寧な支援を展開していきたいと考えており、その先に私の原点でもある障がい当事者やご家族への貢献があると信じています。
Profile
※所属・肩書は取材当時のものです。

三菱UFJ銀行デジタル戦略統括部 人材・総括Gr
新規事業創出プログラム Spark X 障がい者雇用共創事業 プロジェクトリーダー
森 信一
2009年入行。錦糸町、銀座、浜松、青山の各支店で法人営業を担当した後、財務開発室で大企業を中心にM&Aアドバイザリー業務を経験。2024年4月より現職。