[ ここから本文です ]

  • SHARE
マタニティウェアのレンタルサブスクを「AnotherADdress」で実現。新規事業創出プログラム「Spark X」の事業化に、新たな選択肢を示す。

マタニティウェアのレンタルサブスクを「AnotherADdress」で実現。
新規事業創出プログラム「Spark X」の事業化に、新たな選択肢を示す。

MUFG社員が新規事業を考案し、自らが主体的にアイデアの実現に挑戦するプログラムとして、2022年度に始まったグループ横断型新規事業創出プログラムが「Spark X」である。その第一回グランプリ受賞の「マタニティウェアのレンタルサブスクリプションサービス」が、約2年間の事業化に向けた検証を経て、2025年4月に株式会社 大丸松坂屋百貨店(以下、大丸松坂屋百貨店)の月額サブスクリプション制ファッションレンタルサービス「AnotherADdress(アナザーアドレス)」に引き継がれる。この事業の責任者である三菱UFJ銀行の中野花奈子と起案者である村田真実の想いと、受け継いだ大丸松坂屋百貨店の田端竜也氏の決意について、語っていただいた。

(写真左から)
株式会社 大丸松坂屋百貨店 AnotherADdress事業責任者 田端 竜也氏 
株式会社 三菱UFJ銀行 デジタル戦略統括部 調査役 中野 花奈子

事業構想と同時に想いも引き継ぐ

三菱UFJ銀行デジタル戦略統括部 中野 花奈子
(三菱UFJ銀行デジタル戦略統括部 中野 花奈子)

—「マタニティウェアのレンタルサブスク」を大丸松坂屋百貨店に引き継ぐことになった経緯を教えてください。

村田:働く女性にとってマタニティ期間の洋服選びは、サイズ感だけでなくおしゃれさとワークスタイルの両立が大きな関心事です。限られた期間で徐々に変わる体型に合わせ、度重なる買い物や利用後の処理に悩むことも少なくありません。このような「働く妊婦さんの服装の悩み」の課題を解決するため、妊娠・産育休経験者の声を踏まえて起案しました。その後、自身も妊娠を経験し、サービス実現への想いがより強くなりました。

中野:第一回の「Spark X」でグランプリを受賞後、村田の産前産後休業を機に事業責任者を引き継ぎ、もう一人のメンバーと共に事業化に向けた準備と検証を重ねてきました。「Spark X」では、年に一度投資委員会にて案件の継続可否が判断されますが、残念ながら本案はMUFGでの事業化は難しく、「年度内で撤退」との判断が下されました。市場性の検証を進めた結果、少子化が進む中で働く妊婦さんをターゲットとする本案の市場は限られており、単体で事業として成立させることは難しいことが確認できたからです。
一方で、サービスを試していただいた方の声からは、ニーズはとても強いこと、また、こういった悩みが積み重なることで妊娠・出産と仕事の両立の不安などにつながっていることを感じました。この社会課題の解決を諦めたくないとの想いが強く湧き、以前からさまざまなアドバイスをいただいていた田端さんに引き継ぎの打診をさせていただいた次第です。

田端氏:ご相談をいただいたときは、私どものファッションレンタルサービス「AnotherADdress」との親和性が高く、ぜひ引き継がせていただきたいと思いました。
2021年にスタートした「AnotherADdress」は月額サブスクリプション制のサービスで、現在、登録会員数は約25万人、取り扱いブランド数は約320です。妊婦さんの洋服についてのニーズは以前から感じていましたし、中野さんたちが進めていたサービスで取り扱っている洋服を見ても、「AnotherADdress」の会員さまから支持されると思いました。ですから、最初にお話をいただいてからサービスを引き継ぐと決めるまでに時間はかかりませんでした。今はリリースに向けて準備を進めています。

村田:MUFGの事業として立ち上げ、将来的には妊婦の方に限らず、働く女性のさまざまなフェーズにおいて、本人やパートナーが働きやすく、過ごしやすい環境をつくれるように、サービスを拡充したいという想いもあったので、MUFGで事業化ができないことに悔しい思いはありました。しかし、自社での事業化を断念したからといってサービス自体も消滅させるのではなく、こうした形で世の中にサービスを提供できる目途をつけられたことで、起案者としての使命は果たせたかなと感じています。

田端氏:私も「AnotherADdress」の立ち上げを含め、新規事業開発に携わってきましたので、中野さんたちの想いは非常によくわかります。私にご相談いただくまでに、相当悩まれたのではないでしょうか。サービスとともに、起案者の中野さん・村田さんの想いも一緒に引き継ぐ決心をしました。

大きなポテンシャルが秘められている

三菱UFJ銀行デジタル戦略統括部 村田 真実
(三菱UFJ銀行デジタル戦略統括部 村田 真実)

—改めて「マタニティウェアのレンタルサブスク」起案の経緯やご苦労された点などについて教えてください。

村田:自身の悩みが出発点でした。リテール営業の担当としてお客さまを訪問する際はスーツが基本でしたが、妊娠した先輩たちがフォーマルなマタニティウェアを用意するのに苦労したり、短期間しか着ない服を複数買うことを悩んでいたりする姿を見て、もし自分が妊娠したら何を着ればいいのか、疑問に感じることがありました。MUFGでは多くの女性が働いており、同様の悩みを持つ女性はきっと多いと確信したことが、この事業のアイデアにつながりました。

中野:検証を進める中で、多くの妊婦の方、経験者の方へインタビューもさせていただきましたが、その過程で気づいたのが、出産経験者はレンタルサブスクがあったら良かったと言ってくださる方が多い一方で、初めての妊娠の方は、体型や季節、お仕事の環境の変化で、いつどういった服が必要か、どの程度コストがかかるかのイメージがあまり湧いておらず、お金を払ってレンタルを利用するほどでもないと感じている方が多いということでした。「洋服を借りる」という発想があまり浸透していないのだと思います。

田端氏:その点は、まさにわれわれも日々直面している課題です。お客さまに「ファッションのサブスクって聞いたことがありますか」と尋ねると半数ほどの方は「知っている」と答えるのですが、検討したことがあるのは2割程度で、実際に利用したことがあるお客さまとなると数%程度です。サブスクのメリットや魅力がまったく知られていないし、マーケット自体がまだ確立していないのが現状です。
ただ、先ほどもお話ししたように「AnotherADdress」に約25万人の会員さまが登録されていて、その中に「働く妊婦さん」は相当数いることは間違いありません。実際に使っていただければ魅力は確実に感じていただけるはずですから、サービスへの認知・理解が進めば間違いなく大きなビジネスになると踏んでいます。

中野:私たちはメリットや魅力を理解していただくことに苦戦したのですが、今後どのようなプロモーションをお考えですか。

田端氏:Webで動画を使って告知することはすでに行っていますが、今後はリアルの店舗を活用したシナジーを生んでいきたいと考えています。例えば大丸百貨店の東京店だけでも1日あたり約10万人ものお客さまがいらっしゃっています。ほかのお店も含めれば年間でのべ数億人という方が来店されていますから、ここに向けてしっかりと認知形成を行うことが効果的ではないかと考えています。ただし時間はかかると見ており、2030年、2040年ごろに大きく花開くビジネスになるのではないでしょうか。腰を据えて取り組んでいく覚悟です。

ファッションサブスク市場の拡大に向けて

大丸松坂屋百貨店 AnotherADdress事業責任者 田端 竜也氏
(大丸松坂屋百貨店 AnotherADdress事業責任者 田端 竜也氏)

—「AnotherADdress」の立ち上げについてもご紹介ください。

田端氏:ファッションは大量生産・大量消費のビジネスであり、大量廃棄に対する批判も浴びています。こうしたビジネスモデルを改められないかということが、発想の原点でした。世の中にさまざまなレンタルサービスがある中で、ファッションも買うもの・借りるものと使い分けられるようになっていかなくてはと感じたわけです。
もう一点、われわれは「ファッション・エンパワーメント」と呼んでいるのですが、洋服が本質的に持っている「人を元気にする力、楽しませてくれる力」を、もっと多くの人に届けたいという気持ちもありました。デザイナーズブランドが花盛りだったバブル時代こそ大変な勢いがありましたが、現状、百貨店業界はかなり厳しい状況が続いています。特にドットコムビジネスが力をつけてきてEコマースが伸びてきたことは、大きなダメージになりました。ビジネスモデルの大きな転換を強いられる中、“シェアして着る”というスタイルが普及していくに違いないと考えました。

村田:「AnotherADdress」を立ち上げてから約4年で、登録会員数も、取り扱いブランド数も大幅に拡大されており、順調に見えますが、ご苦労されたこともありましたか。

田端氏:実は立ち上げ時は会員登録の申し込みが殺到して、お客さまにお待ちいただいたほどだったんです。いわゆるアーリーアダプター層が殺到しました。このときはブランドさんやデザイナーさんに「AnotherADdress」の思想や仕組みをご理解いただくのに苦労しました。それこそ一人ひとり、対面でじっくり説明させていただいたものです。現在のチャレンジは、先ほども言ったように長期的な視点で、いかにしてファッションサブスクの市場を育てていくかということですね。

中野:ファッションサブスクという発想を持たなかった方が、マタニティウェアをきっかけに「AnotherADdress」を利用してみて魅力に気づき、産前から産後までより便利に利用いただけたらうれしいですね。それがファッションサブスクの市場拡大に少しでも貢献することを期待しています。

出口の新たな可能性を示す

出口の新たな可能性を示す

—新規事業創出プログラム「Spark X」の意義について、どのように振り返っていますか。

中野:新規事業創出とは、自分自身が事業責任者として社長になったつもりで事業を興すことだと思って取り組んできました。しかし、グランプリ受賞後に事業化に取り組む中で、思うように数字が伸びず苦しい局面もありました。村田とも相談を重ね「自社でやることよりもお客さまに便利に使っていただくこと、「Spark X」のテーマでもある社会課題を解決することにこだわる。残された期間でできることをやり切る」という決断に至りました。社長になって自分で事業をやることが目的ではなく、社会にとって最良の形でサービスを社会に届ける、つまりMUFGのパーパスである「世界が進むチカラになる。」ことが一番の目的ではないかと気づきました。
今回、自身で事業を成功させるには至りませんでしたが、田端さんという最高の共感者に出会い、想いも引き継ぎサービスを実現していただけることで、こういう形での事業化もあっていいのだということを今後挑戦する人に残せたのではないかと考えています。また、パートナー企業と共に新規事業を展開することで、MUFGの基盤を生かし、新たな形でお客さまとつながり、共に社会に貢献していける可能性を感じます。

田端氏:私が米国に駐在していたときに感銘を受けたのが、シリコンバレーの起業家の皆さんの「Change the life,Change the World」という言葉でした。自分自身がビジネスで成功したいのではなく、人々の生活を変え、世界を変えることが志の原点にあるという想いが、この言葉には込められています。これは新規事業の本質を示す言葉ではないでしょうか。MUFGさんも大丸松坂屋百貨店も、レガシーな会社です。だからこそ新しい事業を立ち上げるにはパワーが必要だし、チャレンジする意義もあるでしょう。その点でも中野さんたちの取り組みには強く共感しています。
「Spark X」を起点に生まれた、働く女性のためのマタニティウェアのレンタルサブスクリプションのwillを引き継ぎ、ぜひ成功させたいと思います。

Profile

※所属・肩書は取材当時のものです。

大丸松坂屋百貨店 AnotherADdress事業責任者 田端 竜也氏

大丸松坂屋百貨店 AnotherADdress事業責任者

田端 竜也氏

2011年大丸松坂屋百貨店入社、実習期間を経てJ.フロントリテイリングの新規事業開発に携わり、オムニチャネルやアプリの立ち上げを担当。シリコンバレー派遣など研鑽を積み、2021年3月、社内ベンチャー型の百貨店業界初となるファッションサブスクリプション事業「AnotherADdress」を立ち上げる。2024年3月から単独の部門として独立、担当部長として百貨店事業の収益の柱に育て上げる。(経営学修士、経営管理工学修士)

三菱UFJ銀行 デジタル戦略統括部調査役 中野 花奈子

三菱UFJ銀行 デジタル戦略統括部調査役

中野 花奈子

大学卒業後、三菱UFJ銀行に入行。法人営業・BPR推進・決済商品開発・AI/データ分析の企画業務を経て、2022年に「Spark X」に応募。現在はマタニティウェアのレンタルサブスクの事業化を推進中。

三菱UFJ銀行 デジタル戦略統括部調査役 村田 真実

三菱UFJ銀行 デジタル戦略統括部調査役

村田 真実

大学卒業後、三菱UFJ銀行に入行。リテール営業を経て、2022年に「Spark X」に応募。受賞後、自らも産育休を取得し、復職後2024年よりマタニティウェアのレンタルサブスクの事業化を推進中。