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より戦略的なベンチャー投資にむけて──MUFGのファンド運営会社が本格始動

より戦略的なベンチャー投資にむけて──MUFGのファンド運営会社が本格始動

大企業がスタートアップ企業に対して投資を行うCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)やオープン・イノベーションの活動が定着してきた。三菱UFJフィナンシャル・グループ(以下、MUFG)もまた、グループ各社がオープン・イノベーションを推進するため、戦略出資を通じたFinTech関連スタートアップ企業との協業推進に取り組んできた。この流れをさらに強化するべく、MUFGは、2019年1月、コーポレートベンチャーキャピタル・ファンド(以下、「本ファンド」)運営会社である、三菱UFJイノベーション・パートナーズ(以下、MUIP)を設立。MUFGグループ各社の出資により、新たに200億円で本ファンドを立ち上げ、MUFGグループ各社と出資先との協業および事業シナジーを追及していくことを発表した。3月におこなわれたオープニングイベントで語られた内容を紹介する。

より戦略的なベンチャー投資のために

ここ数年間でスタートアップをめぐる環境は大きく変化した。大企業によるスタートアップへの投資や協業も盛んにおこなわれている。今回MUFGは、MUIPを設立し、3月5日に東京大手町にあるフィンテックのビジネス拠点であるFINOLAB(フィノラボ)で開所式をおこなった。


三菱UFJフィナンシャル・グループ 執行役専務 グループCIO 兼 グループCDTO(※) 亀澤宏規氏 (※イベント開催時点)

「これまでもMUFGグループ各社として直接ベンチャー投資をおこなってきたが、より戦略的かつ迅速なベンチャー投資を行うためにMUIPを立ち上げた。スタートアップとの協業にはわれわれ自身が、デジタルトランスフォーメーションを実践する必要があった」と、MUFG執行役専務の亀澤宏規氏は語る。

MUIPの代表取締役社長に就任したのは、鈴木伸武氏。三和銀行から銀行マンとしてのキャリアを11年間積み上げ、その後独立系のベンチャーキャピタルファームにて、国内外のベンチャーへの出資をおこなってきた。2011年頃からは、国内大手企業のコーポレートベンチャーキャピタル運営にも複数携わっており、日本のコーポレートベンチャーキャピタリストの草分けといえる。


三菱UFJイノベーション・パートナーズ 代表取締役社長 鈴木伸武氏

MUIPは、銀行法に定める投資専門子会社であり、一定の条件を満たすスタートアップ企業に対しては5%超の出資も行うことができる。1月の設立以来、MUFGグループ各社の出資により、新たに200億円で本ファンドを立ち上げ、今後はFinTech関連スタートアップ企業を中心に、本格的な投資活動をおこなう。

世界的にみると、CVCによる投資活動は2018年の時点で約6兆円に達している。日本でもベンチャーとの連携によるオープン・イノベーションの活動に携わる企業は増加してきた。

2012年以降から右肩上がりで成長してきたCVCだが、根づくまでには時間がかかる。そのため、短期的な成果を求める側からは、懐疑論が浮上していることも事実だ。

PwCアドバイザリーがおこなった調査(※)によれば、ベンチャー投資を3年以上続けている会社のほぼ半数は、運用が順調ではないと感じている。「実際は見栄を張っている会社もあるので、半分どころか1割ぐらいしかうまくいっていないのではないか」と鈴木氏は言う。

※CVC実態調査2017 https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/2018/assets/pdf/tmt-cvc.pdf 

事業シナジーか、財務リターンか

この、CVCに対する停滞感には構造的な要因がある。鈴木氏はこの要因を「財務リターン」と「戦略リターン(事業シナジー)」の視点から整理した。

CVCファンドの事業シナジーへの期待度は、協業を開始した直後はPoC(実証実験)などが行なわれることにより、一気に上昇する。しかしその後は事業化にともなう課題などが生じ、下降する。一方の財務リターンは、投資直後は資金が投入されるため、いったんは大きく下落するものの、徐々に上昇カーブを描き、財務価値を向上させIPOやM&Aなどのイグジットに結びつく。

現実のCVC投資のリターンは、この戦略リターンと財務リターンが複合的にからむため、成長リターンのカーブは当初は「の」の字型で回り、「停滞感」に見舞われる。鈴木氏はこの現象を「シグマカーブ」と名づけ、「CVCのジレンマ」と呼ぶ。小さなトライ&エラーを積み重ねながら、この停滞カーブの時期を過ぎることができれば成長が右肩上がりになる。

「CVCのジレンマ」を超えるための3つの「S」とは

鈴木氏はさらに大企業CVCにありがちな失敗のパターンを示した。ひとつは、投資件数と金額が目的化してしまい、協業を十分詰めずに、安易な投資を行ってしまうことだ。また、事業シナジーを重要視するあまり、デューディリジェンス(投資を行うにあたって、投資対象となる企業や投資先の価値やリスクなどを調査すること)が甘くなったり、投資条件を十分に詰めないまま投資を行ったりしてしまう。さらに、そもそもスタートアップ投資の経験者がほとんどいないケースが多いことに加え、投資担当者と事業部門とのグリップも弱いことがほとんどだ。

一方、事業部門の側にとっては、まずは目先の目標を達成しなければならないため、いつ収益化するかわからないスタートアップとの協業にリソースが割けないことや、自社開発の製品や技術との兼ね合いなどの問題がある。スタートアップの先進的なテクノロジーに対して「そういう技術なら既に当社でもやっている」と現場から抵抗されるのはよくあることで、鈴木氏もかつて何度も直面してきた問題だという。

こうした課題に対して鈴木氏は、シンプルなキーワードを示した。

1)スピード(スタートアップの経営スピードとのマッチング)
2)シナジー(MUFG各社とスタートアップとの事業シナジーの優先)
3)スペシャリティ(No.1CVCプロフェッショナル集団をめざす)

この3つの「S」を実現するために、MUIPは経営管理、ファンド管理、投資の精鋭を集め、スタートアップと事業部門との連携の窓口となる担当者を配置。銀行の中枢部門や役員との兼務者による意思決定体制を作った。

「ベンチャーキャピタル部門5名のうち3名は、CVCのキャリアを10年以上積んだ人間から選んだ」(鈴木氏)

意思決定を加速するための取り組みとしては、海外も含めた5つの拠点、東京、サンフランシスコ、シンガポール、ニューヨーク、ロンドンのメンバーとのテレビ会議を随時おこなうことや、投資案件のデータベースを共有化していることなどをあげた。

MUIPのアロケーション戦略

さらに鈴木氏は、ベンチャーの成長段階ごとに投資目的は異なるという。投資目的は以下の5つのタイプがある。

1)協創型
2)業務改善型
3)非連続型
4)R&D型
5)財務リターン重視型

この5つの投資タイプとベンチャーの成長ステージを組み合わせた「MUIPのアロケーション戦略」を示した。

コンプライアンスとスピード感のバランス

オープニングイベントの後半では、MUIPに対して、関係者から期待するコメントが寄せられた。

三菱地所株式会社取締役 兼 代表執行役 執行役専務の有森鉄治氏は、MUIPが大手町ビルのフィンテック拠点であるFINOLABに入居したことを歓迎し、「三菱地所としてもMUIPの活動に寄与していきたい」と語る。三菱地所の事業基盤は「大手町・丸の内・有楽町」に保有するビルの運営管理。FINOLABは電通国際サービスとの協業であるが、他にも新丸の内ビルのEGG JAPAN、大手町の「グローバルビジネスハブTOKYO」、SAPとの協業による「Inspired.Lab」など、スタートアップの集結する共創のための場づくりの実績が豊富で、MUIPとの連携効果は大きい。また、同社としても100億を超えるベンチャー出資をおこなっている。


左:三菱地所株式会社 取締役 兼 代表執行役 執行役専務 有森鉄治氏
右:コインベース日本法人 CEO 北澤直氏

また、コインベース日本法人CEOの北澤氏は、仮想通貨が注目される以前から、MUFGがシリコンバレーのコインベースに出資をしていたことを強調する。ここ数年、仮想通貨については、コインの流出やセキュリティの問題、激しい価格変動など様々な問題が取り上げられてきたが、「クリプトカレンシー(暗号通貨)が世界を変えるという確信は変わらない。この分野で共に強固なビジネスを作っていきたい」と語る。


左:三菱UFJフィナンシャル・グループ デジタル企画部長 大澤正和氏
中央:freee株式会社 代表取締役社長 佐々木大輔氏
右:クラウドリアルティ株式会社代表取締役 鬼頭武嗣氏

また、クラウドファンディング事業を展開するクラウドリアルティ代表取締役の鬼頭武嗣氏は、MUFGとの連携では不動産の証券化などのノウハウの提供があったことを語り、MUFGの高度な金融スキルのアセットが強力な武器になったという。

またクラウド会計サービスを提供するfreeeの代表取締役社長である佐々木大輔氏も、MUFGのアクセラレータプログラムの前身である「Fintech Challenge2015」というプログラムでの大賞獲得が大きな機会になったことや、同社の会計システムと金融機関のAPI連携を進める上で、MUFGが強力なパートナーであることを強調した。

MUFGのデジタル企画部長の大澤正和氏からの「ベンチャーとしてMUFGに忌憚のない意見を言って欲しい」という問いかけに、鬼頭氏は「改善を望むのは、スピード。アンチマネーロンダリングに関わる重要な決裁はニューヨークにまであがるため時間がかかる。またMUFGとのAPI接続も現状ではまだコストが高く、スタートアップで負担できる水準ではない」と回答した。

一方の佐々木氏は、「金融API接続を積極的に進めているが、担当者レベルでの判断は驚くほど早かった」と述べ、その上で、「今後は当社のお客様であるような個人事業者や中小企業への取り組みにも期待したい」と語る。

大澤氏は「ベンチャーの方々との協業を難しくしている要素の一つは、各種の規制対応だ」という。マネーロンダリングに関わりグローバルベースで多くの金融機関が対応を迫られており、フィンテックベンチャーとの協業に慎重になっている。

「コンプライアンスやセキュリティは引き続き重い課題だが、テクノロジーによって解決の手応えも感じつつある。議論を重ねながら進めていきたい」(大澤氏)

Intelとの連携でシリコンバレー・ベンチャー発見イベント

MUIPではシリコンバレーのトップティアの企業とのコネクション強化に注力しており、この度、米国半導体最大手Intelとの協業の一環として、Intelが出資するシリコンバレーを中心とする300社以上のスタートアップの中からMUFGとのシナジーが見込まれる企業を厳選の上、当該スタートアップが東京を訪問しMUFGグループ向けにプレゼンテーションを行う「Intel Capital / MUFG / MUIP Technology Day」を大手町のInspired. Labで開催した。

Intel Capitalは過去30年に渡ってベンチャー投資をおこなってきており、いわばCVCの老舗。現在まで約1,500社、57カ国にわたって投資をしてきており、累計の投資額は約120億米ドル、日本円にすると約1兆3,000億にのぼる。

Intel Capital / MUFG / MUIP Technology Day当日は、まずIntel Capital Japanシニアインベストメントディレクターの佐々木高行氏が、インテルの投資重点分野を解説。現在フォーカスしている分野には、Intelのテクノロジーとも親和性の高いAI、IoT、ロボティクス、最近では5G通信などが含まれるという。

佐々木氏は「われわれのテクノロジーデイは年間50回以上、毎週どこかで開催している」とベンチャー発掘の意気込みを強調し、今回のMUFG、MUIPとのコラボレーションへの期待を語った。

続いて、MUFGの亀澤氏が、MUFGの「デジタルトランスフォーメーション」と「オープン・イノベーション」に関する取り組みについて語った後、Intel Capitalから紹介を受けた合計6社のスタートアップが、信頼性の高いクラウド暗号化技術、ネット接続不要なAI端末、組織のセキュリティ体制を自動で評価するシステムなど、最先端のFinTech技術・サービスについてプレゼンテーションを行った。


Intel Capital Japanシニアインベストメントディレクター 佐々木高行氏

長年、テクノロジーベンチャーの更なる成長を支援してきた実績と、成長企業発掘の知見とを併せ持つIntelと連携したMUFG、そしてMUIPがスタートアップとの協業でどのような成果をもたらすかに注目すべきだろう。