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ひとりの社員のアイデアが外販に発展した「AISeed」、三菱UFJ信託銀行のイノベーション

ひとりの社員のアイデアが外販に発展した「AISeed」、三菱UFJ信託銀行のイノベーション

2021年3月、三菱UFJ信託銀行は、三菱UFJトラストシステム(以下、MUSK)と株式会社AVILEN(以下、AVILEN社)の3社協業によって開発したAIツール「AISeed」の外販を決定した。専門知識がなくてもExcelでAI開発が可能な同ツールは、社員のアイデアから生まれ、その後の社内展開でさまざまな用途において成果を確認できたことから、同社では初の試みとなる外販化を決断した。今回は、AISeedが誕生した背景や外販化の経緯について、プロジェクトメンバーに話を伺った。

(写真左から)
●三菱UFJ信託銀行 経営企画部 デジタル企画室 上級調査役 岡田 拓郎氏
●三菱UFJ信託銀行 資産運用部 外国債券運用グループ チーフファンドマネージャー 樋口 裕之氏
●三菱UFJトラストシステム ITイノベーション推進部 グループマネージャ 伊豆 峻昭氏

AISeedについて

操作画面にExcelを使ったAI開発ツールで、お客さまに身近な現場社員からのアイデアを引き出す

—AISeedの概要や用途について教えてください。

伊豆氏:AISeed はExcelにデータを入力してボタンを押すだけで、簡単に機械学習モデルを作成できるツールです。「AutoML(Automated Machine Learning)」と呼ばれる手法をベースに開発され、機械学習の専門知識がない人でも自動化されたプロセスの中で機械学習モデルを作ることができます。世の中には多くのAutoMLツールがありますが、操作画面にExcelを使ったツールは希少であり、画期的なことだと思います。

樋口氏:銀行の業務においては、常に数字やデータが欠かせません。さまざまな場面でこれらを扱う上で、利用頻度が高く、現場に受け入れられやすいExcelを操作画面とすることは、私たちにとっていわば必然的な選択でしたデータで何ができるかを現場の社員の方々に実感してもらうことで、AIを活用した新たなアイデアが生まれ、多くの課題を解決できるようになると考えています。

AI Seedの用途としては、クレジットカードや貸出などの信用力調査におけるスコアリングの精度向上や、マーケティングなどが挙げられます。また、運用対象アセット、経済指標などの将来予測や相場の局面判断など、ファンドマネージャーの意思決定に役立つ情報も得られます。データに基づいてお客さまの考え方やライフスタイルをより深く把握できるようになれば、これまで以上に最適なご提案が可能になるかもしれません。

岡田氏:長いキャリアを持つベテラン社員のノウハウには計り知れないものがありますが、これまではその多くが個人の暗黙知でした。今後はこうしたノウハウをAIに学習させることで、次世代に継承していけるのではないか思います。

プロジェクト発足の経緯と成果

オープンイノベーションの推進に向けて、ツールの外販化を決定

—AISeedの発案から社内展開、そして外販化に至った背景について教えてください。

樋口氏:金融業界は今、異業種などからの新規参入によって競争が激化しています。一方、銀行にはお客さまとの長期にわたるお取引の中で大量のデータが蓄積されており、これらのデータを活用することで、お客さまのさまざまな課題を解決できる潜在的な可能性があります。そのためには、お客さまと近い距離にいる現場社員のアイデアが大切で、それを引き出す上でテクノロジーが大きな役割を果たせるのではと考えたのが、AISeedの開発・展開に至ったきっかけです。2018年8月にAISeedを発案し、その後AISeedで何ができるかを知ってもらうための社内勉強会を開催しました。


(三菱UFJ信託銀行 資産運用部 チーフファンドマネージャー 樋口 裕之氏)

岡田氏:私も勉強会に参加し、自社にとって将来性のある取り組みが始まったと直感したことから、樋口さんに全社でのシステム化を提案し、MUSKの伊豆さん、外部パートナーのAVILEN社 代表取締役の高橋さんにも声をかけました。2019年9月から全社展開のためのシステム化が始まりました。

その後、2020年の秋から外販化の検討が始まり、社内利用にとどめるのか、オープンイノベーションの推進に向けて外販に踏み切るのかについて議論がありました。その結果、幅広いユーザーのニーズに対応することによるツールの高度化、他ベンダーとの提携の可能性などから外販化が決まりました。この考えを役員や部長が後押ししてくれたことも、外販化を実現できた大きな要因です。

—外販化に至るまでに障壁はありましたか?

岡田氏:銀行法の規制もありますし、こうしたツールの外販は前例がなかっただけに、法務や税務の担当部門をはじめとしてありとあらゆる指摘が入り、無理なのかと思いかけたこともありました。

しかし、その中でさまざまなアイデアや協力も得ることができました。経営企画部主計チームからは、信託銀行で培った税務・会計の専門的な知見を元に、積極的にアドバイスを頂きました。法務部からは法律面での解釈はもちろん、スキームの見直し案など、全面的にサポートしていただきました。これら守りの部署が、新しい取り組みに対して大きな力を貸してくださったことが、最後までやり切るエネルギーにつながったと確信しています。

また、収益のスキームも過去に経験したことのないものでしたので、上司がさまざまな角度から考えるべき観点をアドバイスしてくれました。こうしたやりとりの中で、新しいことにチャレンジしなければならないという危機感や、イノベーションに対する想いは全社共通だと実感しました。

伊豆氏:2017年にMUSK のITイノベーション推進部が発足して以来、当部ではイノベーションの推進に向けた研究開発、PoC及び開発案件を通して、AIやクラウドなどの技術や知見を蓄積してきました。外部へのソフトウェア販売は過去に例のない、MUSKとして定められている業務の範囲を超えた新たな取り組みでしたが、これまでの地道な活動が実を結んだ結果であり、企画室や管理本部総務部をはじめとした全社の協力のおかげで実現できたと感じています。


(MUSK ITイノベーション推進部 グループマネージャ 伊豆 峻昭氏)

岡田氏:これまでの社内の仕事は、ミスがないことを最優先に考える「守り」が中心で、上司の指示に従って堅実に業務を進めていくのが基本でした。ところが、今回のプロジェクトは樋口さん自身の発案によって立ち上がったものです。さらに社内展開の中で、具体的な業務における成果が確認できたことは大きなポイントでした。社員一人ひとりの自発的な働きかけで成功体験を積み上げていくことが、大きな推進力となっていくのだと思いますし、今回のプロジェクトによって前例ができたことで、これまでにないイノベーションの文化が醸成されつつあると感じています。

今後の展望

AIを活用した新たな価値の提供を通じて、豊かな社会の実現に貢献

—AISeedは今後、社会でどのように活用されるとお考えでしょうか。

岡田氏:信託銀行は高齢のお客さまが多く、投資商品・年金などをお預かりして運用することで、お客さまの老後のお金の不安を解消することを1つの使命としています。従来の人によるサービス提供では、全てのお客さまにオーダーメイドのご提案をするにはリソースの限界がありました。今後は信託銀行のノウハウをAIが学習することで、お客さま一人ひとりにセミオーダーのようなご提案ができると考えています。またAIによるレコメンドがあれば、スマートフォンでいくつかの項目を入力するだけで、ご提案の中から最適な選択ができるようになり、自宅でご家族と相談しながら検討することもできるわけです。

今後、AIはExcelのように銀行の業務における必須のツールになり、技術の進歩がパラダイムシフトを起こすと思っています。こうした最新のテクノロジーを活用した取り組みを継続していくことで、お客さまの豊かな生活の実現に間接的に貢献できるだけでなく、金融ビジネスのイノベーションをさらに前に進めることができると考えています。AISeedを金融機関をはじめとした多くの企業さまに導入いただき、広く価値を届けていけたらと思います。


(三菱UFJ信託銀行 経営企画部 上級調査役 岡田 拓郎氏)