協業の経緯
銀行取引の長年の課題を解決するロボット・AI活用
—今回の協業の背景にある銀行業務の課題についてお聞かせください。
福間:銀行取引では、お客さまからお預かりする申込書や契約書の大半が紙ベースで、これらの事務作業の負荷や管理コストには以前から課題を感じていました。特に、3億頁にものぼる印鑑票は各地の倉庫に保管されていて、お取引内容によっては保管されている現物の確認が必要となりお客さまをお待たせしてしまうなど、さまざまな非効率が生じていました。このような状況の中で、紙書類を減らしたい、ペーパーレスやロケーションフリーの業務環境を構築したいという思いは常にありました。
大西:デジタルサービス企画部にはアメリカの西海岸に拠点を持つグローバルイノベーションチームがあり、社内の課題解決に向けて現地のスタートアップや新技術を調査しているのですが、Ripcord社はそこからの紹介で知りました。同社が提供するAIロボットを活用することで、紙媒体のホチキスを外してデータ化するまでの一連の工程を自動化できるという話を聞いて、福間さんと渡米し、実際の書類を持ち込んでスキャンテストを行いました。
(従来の電子化とRipcord活用による比較)
SIerを介さない直接取引を通じて、ファミリーとしてのマインドを醸成
—Ripcord社と協業するメリットは、どのような点にありましたか。
大西:Ripcord社の高い技術力は、今回のプロジェクトに欠かせないものでした。実は、紙の書類の電子化は過去に何度も検討されてきましたが、実現には至らなかった経緯があります。要因としては、膨大の書類をスキャンする時間のほか、度重なる合併・経営統合によるフォーマットの異なる書類の混在など色々とありますが、その中でも特に大きな課題のひとつが、スキャンの際のホチキス芯やクリップなどの除去作業です。一見地味な作業ですが、これを機械で行う場合、ホチキス芯の留まっている場所や大きさ、紙の厚さなどの状態に応じて、機械の先端の入射角度や力加減を瞬時に判断する必要があるんです。Ripcord社のAIエンジンはあらゆるパターンをすでに学習済みで、とても薄い紙に留まったホチキスでも紙を破ることなく外せる技術には驚きました。
福間:Ripcord社については、技術力の高さはもちろんですが、どんな難しい課題にでも取り組もうとする姿勢が素晴らしいと思いました。最初の訪問時のスキャンテストの際、大きなホッチキス芯やクリップなどの留まった、いろいろな種類の帳票を持参しました。最初は「こんなの余裕で外せるよ」と言っていたのですが、うまくいかなかったんです。
大西:でも、私たちが滞在中にホッチキス芯を外すことができて、CTOが汗をかきながら「できたぞ!」って走り込んできたこともありました。
佐藤:Ripcord社が凄いのはハードウェアとソフトウェア両方の開発技術が揃っているところです。たいていの場合はどちらかに強みが偏っていて、結果としてシステム全体がスムーズに機能しないことがよくあるのですが、AIに合わせたロボットを作る、ロボットをAIに合わせる、その両サイドからの開発力があったというのが、Ripcord社と協業に至った大きな理由のひとつです。AI、スキャン、検索などがすべて一社で対応できる企業は国内ではほとんど無いのではないかと思います。
—協業に際して、特に意識した点はありますか?
大西:Ripcord社との直接取引を通じて、密度の高いコミュニケーションを心がけたことです。今回のようなプロジェクトを推進する場合、SIerに仲介していただくことが多いのですが、それではどうしても距離感が生まれてしまうんです。早い段階で認識をすり合わせながらプロジェクトを進められたことで、単に既存のソリューションを導入するのではなく、「本当に必要とするものをファミリーとして一緒に作り上げていく」というマインドが生まれたことは大きな意味があったと思っています。
今回の協業は、Ripcord社にとっても大きな挑戦でした。彼らのビジネスは基本的にアメリカのみで、自社拠点に紙書類を集約して電子化するという事業モデルでした。しかし、我々が「ファミリー」として日々議論を重ねたことで、初の海外進出を決断し、彼らのロボットをMUFGの環境に持ち出すという「MUFGモデル」を作ることができました。これは、Ripcord社が私たちを信頼してくれた結果であり、この信頼も直接のやりとりがあったからこそ生まれたものだと思います。
佐藤:技術面では、デジタルサービス企画部の中にエンジニア出身のメンバーがいたことで、銀行側の要件定義とRipcord社との調整をスムーズに遂行できました。また、施策を推進する上で、法律面に強いメンバーにも助けられました。アメリカにおいては、契約書の内容が非常に大きな意味を持ちます。時にはRipcord社のCOOと激しい議論になりながらも、最終的に契約書を双方が納得する形に落とし込めたことは、アメリカの企業と仕事をする上でとても重要だったと感じています。
(三菱UFJ銀行 デジタルサービス企画部 大西 潤)
—プロジェクトを進める上で、行内の調整などはいかがでしたか?
大西:大変な道のりではありましたが、早い段階でRipcord社の技術力やポテンシャルを感じてもらえたことが後押しになりました。MUFGとして、これまでの慣習にとらわれず良いものをいち早く取り入れようとする思いが大きくなっていること、デジタル活用によって本気で変わろうとしていることを強く感じます。
福間:亀澤社長をはじめ、マネジメント層に現場を見ていただいたことで、彼らの熱意や共創の可能性を理解してもらえたのではないかと思います。また、短期的な視点ではなく、今のやり方だと今後何十年も発生し続けるコストを削減するという、プロジェクトの将来性を評価してもらえた点はありがたかったです。
佐藤:社内の説得を進める上で、データに関連したレギュレーションの整備も大きな課題になりましたが、専門部署とのやり取りにおいて、コミュニケーションと専門性のバランスを調整できる人材が間に入ってくれたことは大きかったと思います。技術の発展や市場環境の変化により競争が激化する中で、これまでと同じやり方では通用しないという強い思いが経営層を含め共通認識になりつつあること、さまざまなバックグラウンドを持つ最高のメンバーがチーム一丸となって取組むことができたことも成功につながったと思います。
(三菱UFJ銀行 デジタルサービス企画部 佐藤 宏俊)
今後の展望
ペーパーレス化の推進により、新しい価値をお客さまに提供
—紙書類の電子化における、今後の展開について教えてください。
福間:お客さまのお手続きをインターネットやスマホアプリ経由へとシフトさせていくことが解決策のベースだと思いますが、納税関連の書類や謄本のように行外から受け入れる書類は当行の取り組みだけで紙書類を無くせるものではなく、数年ですべてを変えることは難しいと思っています。しかし、新型コロナウイルス感染拡大によりリモートワークが当たり前となったいま、まずは「無くせるものから無くしていく」という姿勢で目の前の課題であるペーパーレス化を推進し、お客さまへの新たな価値提供に貢献していきたいと考えています。
(三菱UFJ銀行 事務企画部 福間 圭介)
本記事ではRipcord社と協業に至るまでの話を聞きました。今後別記事にて実際のRipcord社の機械搬入、電子化センター設立、その後の実際のスキャン業務を進める上での苦労、日々の改善の状況等をお伝えする予定ですので、是非ご覧ください。