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デジタル広告事業「Bank Ads」の設立と取り組み 金融データ×デジタル広告で創出する新しい価値

デジタル広告事業「Bank Ads」の設立と取り組み
金融データ×デジタル広告で創出する新しい価値

2023年1月、三菱UFJ銀行は株式会社サイバーエージェントと提携し、デジタル広告事業へ参入。三菱UFJ銀行が持つチャネルを通じて、個人顧客に他社の広告を配信する広告プロダクト「Bank Ads(バンク アズ)」をリリースした。本事業は、銀行が事業主体となり金融データを活用した広告配信を行うという試みであり、個人と法人を繋いで金融データの価値を社会に還元することを目的としている。
今回は、Bank Adsを提供するリテール・デジタル企画部データ・マーケティング室のメンバーに、Bank Adsの特長や、前例のない広告事業に取り組むにあたって苦労した点、今後の展望などを聞いた。

(写真左から)
三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室

 調査役杉山 侑吏

 水島 健介

 調査役澤田 一起

株式会社サイバーエージェント インターネット広告事業本部
DXコンサルティング本部 第2事業部 新規事業開発室

 室長山本 栄貴

三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室

 次長藤橋 雄飛

 調査役伊藤 寛武

信頼性が高い媒体を通じて、個人と法人を繋ぐ架け橋に

三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室 次長 藤橋 雄飛
(三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室 次長 藤橋 雄飛)

Q.「Bank Ads」の取り組みを始めた背景と目的を教えてください。

藤橋氏
2021年の銀行法改正(※1)により、銀行グループの業務範囲規制や出資規制が大幅に緩和され、銀行では金融・非金融を問わず、幅広いサービスの提供が可能になりました。銀行が金融以外の領域でどのような価値を生み出せるかを考える中で、銀行の経営資源とも言える個人・法人の顧客基盤や膨大な金融データを活用した広告ビジネスを構想したのが始まりです。
しかし、銀行には金融データや顧客接点はあっても、広告ビジネスに関する知見が全くありません。そのため、事業化に向けてそうしたノウハウを有するいくつかの事業者とディスカッションをさせていただき、今回の協業パートナーであるサイバーエージェントとの提携に至りました。その後、PoC(※2)などを経て2023年1月にBank Adsのサービス名でリリースしました。

※1…銀行法改正:2021年5月19日成立、2021年11月22日施行。正式名称は「新型コロナウイルス感染症等の影響による社会経済情勢の変化に対応して金融の機能の強化及び安定の確保を図るための銀行法等の一部を改正する法律」。主な改正点としては、「業務範囲規制」と「出資規制」の見直し。
※2…PoC(Proof of Concep):新しいアイデアや技術の実現可能性を検証すること。

Q.Bank Adsのサービス概要を教えてください。

澤田氏
Bank Adsは、当行の個人口座3,400万件の顧客基盤及び金融データと、サイバーエージェントのプロダクト開発力を掛け合わせて誕生した広告商品です。当行がお客さまからお預かりしている金融データを分析して設定したセグメントを用いて、銀行独自の媒体で法人のお客さまの広告を配信できます。
現在ご利用いただける媒体には、三菱UFJダイレクトアプリ内のディスプレイ広告や、Eメール広告、DMとなっており、法人のお客さまからは、広告の表示回数や配信数などの量に応じて広告料を頂戴しています。

山本氏
これまで実施してきたディスプレイ広告のCTR(※3)は0.8%から1.2%と、一般的な広告媒体と比較しても相当に質が良いと言えます。また、銀行という業態であることから、媒体としての信頼性が高いことも特徴です。その媒体を通じてお客さまに情報をお届けできることは、多くの広告主から評価いただいているポイントだと思います。

※3…CTR(Click Through Rate):クリック率。広告が表示された回数のうち、実際にクリックされた割合。

株式会社サイバーエージェント インターネット広告事業本部 DXコンサルティング本部 第2事業部 新規事業開発室 室長 山本 栄貴
(株式会社サイバーエージェント インターネット広告事業本部 DXコンサルティング本部 第2事業部 新規事業開発室 室長 山本 栄貴)

Q.サイバーエージェントと協業でサービス提供しているとのことですが、役割分担などはあるのでしょうか。

藤橋氏
当行がBank Adsの事業主体となるため、ビジネス全般は当行が実施しています。サイバーエージェントには、広告ビジネスに関するノウハウを有する人材を当行に出向の形で拠出いただくと共に、サイバーエージェントの取引先である法人へのBank Adsの提案、その他事業運営のサポートを受けています。
このような役割分担はありますが、「事業の成長」という1つの目標に向けて、2社のメンバーが文字通り一体となって業務に取り組んでいます。

Q. 事業の成長に向けた具体的な取り組み内容を教えてください。

澤田氏
先ほど山本からもあったように、媒体としての信頼性や、他では利用できない銀行データをもとにターゲティングを行える点がBank Adsの強みだと考えています。そういった強みを伸ばし、広告プロダクトの価値を高めるための機能改善や、銀行データの活用方法の研究などに日々取り組んでいます。また、改善策の検討にあたっては、さまざまな広告主のニーズの把握も重要です。広告主への提案は広告代理店としてのサイバーエージェントが主に担ってくれていますが、我々もできるだけ多くの広告主に直接お会いし、お話を伺うようにしています。

水島氏
日々の業務においては、「広告運用」と呼ばれる領域にも力をいれています。これは、どのようなユーザーに、どのようなクリエイティブで配信するかといった広告配信の設計を、広告主のニーズや訴求内容を踏まえて改善していくプロセスのことです。
例えば広告主が転職サイトなどを運営する人材系の企業であれば、年収に着目したセグメントによる広告が適していると推定し、「前年と今年で、年収額の変化が少ないセグメントは転職意向が高い可能性があるため、広告を配信するのはいかがでしょうか」などと、仮説を基に提案します。
配信開始後は、随時広告の配信状況をモニタリング・分析し、より効果的なターゲティングに寄せていくことで、効果の最大化をめざします。もし、実際に配信を行った結果、より良いターゲティングが見つかったら、次回の配信に向けて広告主にご提案しています。このようにして、一回の配信に留まらず、中長期的に広告主へ価値を還元できるように、チーム内で試行錯誤をしながら取り組んでいます。

非金融事業において、
銀行データの価値を最大化するための挑戦

三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室 水島 健介
(三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室 水島 健介)

Q.これまでの取り組みで苦労したポイントを教えてください。

藤橋氏
銀行が広告を事業として取り組むこと自体が、初の試みです。そのため、サイバーエージェントのノウハウは有りつつも、銀行の広告商品に適した広告主への提案方法や、広告配信による成果の出し方など、正解がないことも多いです。全てがチャレンジで、日々試行錯誤しています。

伊藤氏
Bank Adsは、事業会社の業務データを広告配信に活用する点において、銀行としてはもちろんのこと、オンライン広告ビジネスというマクロの視点で見ても「新奇性のあるプロジェクト」だと思います。正確には「これからポピュラーになる可能性があり、今まさに様々なプレイヤーが開拓し始めた領域」です。そのような意味で、前人未踏のビジネス領域にチャレンジするという難しさを感じると同時に、その醍醐味を味わっています。

三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室 調査役 澤田 一起
(三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室 調査役 澤田 一起)

Q.新規事業だと、各種リスク面の対応でも苦労がありそうですが。

澤田氏
行内には広告のプロフェッショナルはいませんし、広告事業を行うための手続きもありませんでした。そのため、広告業を行う上で必要となる新たなルールを一から設定しました。例えば、広告の掲載基準などが代表例です。従来の金融業とは全く異なるルールであり手探りの部分も多く、非常に骨が折れる業務でしたが、関係部と協議を重ねてなんとか形にすることができました。今は事業開始から間もないこともあり、保守的な基準を設けていますが、今後の事業発展も見据えると、基準の緩和も必要になるでしょう。そのためには、我々自身の広告審査などの経験値をさらに高める必要があると思っています。

Q.技術面ではいかがでしょうか。

杉山氏
厳重に管理されている銀行のデータを扱うため、セキュリティ面でも厳しい制約があります。一般的な広告事業者であれば、誰のものなのかわからないようなWeb上の行動データ程度しか扱いません。しかし銀行の場合、年収や資産残高、口座の引き落としの情報など、極めて希少性が高く、センシティブなデータを取り扱うケースもあります。そのため、安全性を担保しながら、いかに銀行データの価値を引き出せるかが、チャレンジングで重要なポイントだと思っています。

伊藤氏
お客さまの大切な情報を扱うに相応しいシステムを構築していくことも、技術面で今後のチャレンジになると思います。広告配信のことだけを考えれば、軽く・安価なシステムで、扱いやすい状態に加工したデータを使うのが良いでしょう。しかし銀行のデータを扱う以上、セキュリティ水準は当然銀行のシステムと同水準を担保しなければなりません。このバランスをうまく取りながら、広告配信の仕組みを整えていくことが今後の長期的な課題だと思います。

Q.これまでの取り組みで、具体的にどういった成果が得られましたか。

山本氏
これまで20社程度のお客さまにBank Adsをご利用いただき、広告配信を行っています。実際に効果を実感いただき、継続的にご利用いただいている広告主も出てきています。
例えば、旅行代理店を運営している広告主の事例ですが、ディスプレイ広告でCTRが約3%と非常に高い実績を上げた例がありました。この広告経由で実際に高額な旅行パッケージ十数件の申し込みに繋がるなど、広告主のビジネス成果として貢献できました。また、広告の配信先である個人のお客さまにも喜んでいただけた事例ではないかと思います。

Q.銀行データの価値の最大化の観点では、データサイエンティストの存在は大きいと思いますが、どんなことを期待していますか。

藤橋氏
Bank Adsの最大の強みは、銀行データにあります。その点でデータサイエンティストの存在は重要ですが、ただデータを分析してアウトプットを出すだけなら、外部の専門会社への委託などで十分です。敢えてチーム内にデータサイエンティストを抱えている意義は、分析→実行→分析→実行…、というサイクルを、ビジネスメンバーと共にスピード感を持って回していける点にあると思います。
本プロジェクトに参加しているデータサイエンティストの二人(伊藤氏、杉山氏)は、最初からそれを理解し、事業への貢献を意識して行動してくれています。分析のみならず、企画立案から実行に至るまで、幅広く・スピード感を持って取り組んでいただいていて、そういった人材を当行に派遣してくれているサイバーエージェントには、感謝しています。

三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室 調査役 伊藤 寛武
(三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室 調査役 伊藤 寛武)

Q.サイバーエージェントのデータサイエンティストのお二人から見て、「Bank Ads」などのMUFGの取り組みに参画する魅力は何ですか。

伊藤氏
このプロジェクトで日々扱っている銀行のデータは、質や正確性が非常に高いと感じます。これまでのキャリアで、ここまでリッチなデータに触れたことはありません。データサイエンティストにとって非常に魅力的なデータが揃っていると思います。

杉山氏
同じく、データの正確性や質は高く、素晴らしいポテンシャルを有していると思います。
先ほどお話したように、従来の広告ビジネスでは、誰のものかわからないようなWeb上のログデータを用いることが一般的でした。しかしBank Adsでは、その裏に一人ひとりのお客さまがいらっしゃることを実感させられるような、手触り感のあるデータを扱うことができます。こうした豊富にある正確かつ詳細なデータをどのようにセグメンテーションしたらその先にいらっしゃるお客さまに有益な広告情報をお届けできるのか。そして、広告主のビジネスに貢献できるのか。まだまだ手探りの状態だからこそ、大きな可能性を感じています。

三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室 調査役 杉山 侑吏
(三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室 調査役 杉山 侑吏)

Q.逆に、難しさを感じる点はありますか。

杉山氏
データ分析は、最新の技術を適用すれば何かしらの素晴らしいアウトプットが出てくる、というほど単純なものではありません。データの性質とビジネスの構造を正確に捉えて初めて、価値のある分析を生み出すことができます。
その観点で、私たちのように外部からやってきたデータサイエンティストが直面する最初の壁は、やはり金融データの性質の理解です。あるデータがどのように取得されたのかなど、その生成過程や背景を把握していなければただの数値の羅列にしか見えず、価値を生み出すことはできません。
私自身、過去に金融データを扱った経験がなく、ログの意味する内容が分からないなど苦労する場面が多々ありました。しかし幸いなことに、行内には別のデータ分析チームがあり、銀行データの扱いに長けています。そのチームの方々には、日々助けていただいています。

Q.今後の展望を教えてください。

藤橋氏
Bank Adsは、銀行ならではの新しい広告ビジネスを創り上げることをめざしています。多くのお客さまにお取引をいただいている銀行だからこそ、この広告ビジネスを通じて、より多くの個人と法人を繋ぐ架け橋となり得るのではないかと考えています。今はまだ20社程度の取引に留まっていますが、今後はさらに多くの広告主のバラエティに富んだ広告を配信し、個人のお客さまにとっても役に立つ情報提供ができればと考えています。
また、我々のビジネスに価値を感じていただける広告主を増やすことと並行し、広告ビジネスに合ったインフラを整え、ワンランク上のビジネスに発展させていきたいと考えています。例えば、銀行データを用いて広告配信できる媒体を拡充したり、銀行データによる独自の切り口を加えた深度のある分析レポートを提供したりと、銀行の広告ビジネスならではの、より付加価値ある広告サービスを提供できればと考えています。

Profile

※所属・肩書は取材当時のものです。

三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室 次長 藤橋 雄飛

三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室 次長

藤橋 雄飛

2007年に三菱UFJ銀行に入行。営業店での個人営業、ネット専業銀行への出向、マスリテール領域の企画業務などを経験後、2022年に広告ビジネスを立ち上げ。事業責任者としてチームのマネジメントを担当。

株式会社サイバーエージェント インターネット広告事業本部  DXコンサルティング本部 第2事業部 新規事業開発室 室長 山本 栄貴

株式会社サイバーエージェント インターネット広告事業本部 DXコンサルティング本部 第2事業部 新規事業開発室 室長

山本 栄貴

2007年サイバーエージェントに入社。主に法人営業やコンサルタントとして従事。2022年三菱UFJ銀行に出向。広告ビジネスの立ち上げに参画し、営業や商品企画、オペレーション業務を担当。2024年4月からサイバーエージェントに帰任し、本プロジェクトのサイバーエージェント側責任者として事業を推進中。

三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室 調査役 澤田 一起

三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室 調査役

澤田 一起

2014年に三菱UFJ銀行に入行。法人営業の経験を経て、2022年より広告ビジネスの立ち上げに参画。営業企画・商品企画に加え、広告配信に関わる各種ルールメイキング、リスクマネジメント等を担当。

三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室 調査役 伊藤 寛武

三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室 調査役

伊藤 寛武

資産運用会社、コンサルティング会社、大学研究員を経て、2021年サイバーエージェントに入社。2023年9月より三菱UFJ銀行に出向(兼務)、データサイエンティスト・エンジニアとして、Bank Adsのグロースに向けた企画立案に従事。

三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室 調査役 杉山 侑吏

三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室 調査役

杉山 侑吏

大学研究員、ベンチャー企業での商品企画・データサイエンス業務の経験を経て、2023年にサイバーエージェントに入社。2023年9月より三菱UFJ銀行に出向(兼務)、データサイエンティスト・商品企画としてデータ分析や事業開発等の業務に従事。

三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室 水島 健介

三菱UFJ銀行 リテール・デジタル企画部データ・マーケティング室

水島 健介

2022年、サイバーエージェントに入社。商品企画として、広告配信プロダクトのグロースに従事。2023年9月から三菱UFJ銀行に出向し、営業、商品企画、データ分析等の業務を担当。