パートナーシップ締結により関係を強化

(株式会社LayerX Ai Workforce事業部 CPO 兼 プロダクト部 部長 小林 篤氏)
—LayerX社と三菱UFJ銀行の、これまでの協業内容についてご紹介ください。
牧:もともと、ブロックチェーン分野からLayerX社とMUFGとの協業は始まっておりましたが、 2024年に法人支出管理分野で業務提携を開始したことが、三菱UFJ銀行としてのLayerX社との協業の本格的なスタートとなりました。具体的には、バックオフィス業務効率化のAIクラウドサービス「バクラク」を、当行が「バクラク for MUFG」という名称でお客さま向けに媒介形式で提供できるようにしました。同時に、文書処理に特化した「Ai Workforce」というAIプラットフォームを活用した「提案書データレイク」の提供もスタートしました。

(「提案書データレイク」によりめざす生成AIを用いた業務改革のイメージ)
小林(誉)氏:実は「Ai Workforce」は新サービスであり、その最初のお客さまが三菱UFJ銀行でした。当社のようなスタートアップにとって最初の導入先がメガバンクというケースは非常にまれですから、製品のブランディングの意味でも、社員のモチベーションの点でも、大変にありがたかったです。三菱UFJ銀行のような大手金融機関は、プロダクトに求める品質もセキュリティ基準も非常に高く、われわれにとって最初に三菱UFJ銀行と一緒に取り組ませていただいたことは、対外的な信頼につながるとともに、プロダクトを磨き込む貴重な機会となりました。特に三菱UFJ銀行は、大手金融機関というだけでなく、開発側にとって特別な存在です。積極的に先端技術を業務活用に取り込む三菱UFJ銀行とのプロジェクトは、AI活用の象徴的な案件になれるのではと考えていました。複雑かつ高度な要件が存在するため困難なプロジェクトではありましたが、その挑戦を一緒に乗り越えて得られたものは非常に大きかったと感じています。
牧:こうした協業実績を踏まえ、2025年9月、当行はLayerX社に出資すると同時に「戦略的パートナーシップに関する覚書」を締結し、協業関係をさらに深化させることになりました。特にAI戦略については、「Ai Workforce」を核として、コーポレートバンキング部門におけるお客さま向け提案業務の効率化・高度化を実現するべく一層の浸透・活用を推進し、それによって得られたユーザー知見をパートナーであるLayerX社にフィードバックすることでプロダクトのさらなる成長を促していくという循環関係を実現していきたいと考えています。
秋好:従前からLayerX社とは近い距離でお仕事できていましたし、「提案書データレイク」自体もかなりの短期間で開発いただきました。今回のパートナーシップ提携はその関係性をさらに深めていく良い契機になると思いますし、両社が協働することで、「提案書データレイク」にとどまらず、さらに付加価値の高いソリューションの開発や提供につなげていきたいと考えています。
小林(篤)氏:われわれはLLM(大規模言語モデル)という技術に無限の可能性を感じて事業を行っているのですが、ユーザーの体験や実感をプロダクトに反映させていけるという点で、両社の良好な関係に感謝しています。
業務改革への強い意志が開発を後押し

(株式会社LayerX Ai Workforce 事業部 Deployment Strategy 部長 小林 誉幸氏)
—「提案書データレイク」は、三菱UFJ銀行のどのような課題解決につながるのでしょうか。
秋好:コーポレートバンキング部門では大企業のお客さまを対象とする法人営業を行っていますが、大企業のお客さまが抱える課題は多種多様で、その課題に応える提案内容は個社に特化したものとなっています。そのため担当するお客さまが違うと蓄積されるナレッジもまったく違うものとなり、個人や部署において閉じたものとなって、組織知とはなりにくいという課題を抱えていました。その解決に取り組んだことはあったものの、必要な情報の検索性やアクセス性が十分ではなく、思うようにナレッジシェアの仕組みがつくれませんでした。「Ai Workforce」に出会ったのは、そんなときでした。
牧:ポイントは「顧客情報のマスキング」と「自動タグ付け」の機能でした。
秋好:提案ナレッジを行内で別の営業チームに共有する際に、顧客情報は秘匿されなければなりませんが、共有の際のマスキング作業はけっこうな労力を要しました。また、全文検索は非効率ですので、検索性を高めるには資料情報の適切なタグ付けが不可欠でした。別件でのLayerX社とのミーティングの場でのこうした話題がきっかけとなって、本格的な検討が始まりました。
牧:顧客情報に適切なマスキングをした上でストレージに提案書を格納することは、当行で「提案書データレイク」を実連するために絶対に必要な要素でした。われわれのその感覚をご理解いただき、LayerX社が対応してくださったことは非常にありがたかったです。
秋好:「自動タグ付け」も同様ですね。銀行には他業種にない独特の用語が膨大にあって、その理解や整理も大変だったと思います。
小林(誉)氏:私は以前金融機関に勤務していた経験があるため、そのあたりの機微や用語については理解できていました。世の中にマスキングツールがなかったわけではありませんが、銀行の法人営業において機密情報だけをマスキングするツールは、非常にニッチすぎて存在していませんでした。当社ではプライバシー技術に携わっていたこともあり、機密情報のマスキング技術について提案させていただくことができました。開発の進め方についても、もしかしたら意外に感じられるかもしれませんが、良い意味で銀行らしからぬ非常にアジャイルな進め方でした。具体的には、機能をつくり始める前に、私がつくった簡易なモックを使って要件のディスカッションやユーザーインタビューを繰り返し、徐々にあるべき姿を描いていきました。銀行の業務は複雑なだけでなく、そもそも生成AIプロダクトには最適な機能やUXの正解がなく手探りの状態でしたので、こうしたアジャイルな進め方によって、非常に良いプロダクトをつくることができました。同時に、お互いに生成AIプロジェクトの進め方のノウハウを蓄積でき、さらに難しいことに挑戦する土台を築くこともできたと考えています。
世の中にないものを三菱UFJ銀行と一緒につくり上げられたという点で、私たちにとっても意義深い取り組みです。
—開発に際して印象的だったエピソードを教えてください。
牧:実際に毎日のように提案書を作成してお客さまに持ち込んでいる営業担当者に協力を依頼し、「提案書データレイク」のデモを行いました。その感想や改善点などをまとめてLayerX社にフィードバックしたところ、驚くほどのスピード感で対応してくださいました。いかに早く現場にプロダクトを提供できるかは重要なポイントですから、LayerX社には感謝しています。
小林(篤)氏:実はユーザーさまからは表面的なフィードバックをいただいて終わりのケースも珍しくありません。しかし今回は皆さんが実際に利用されることを前提に、非常に細かく具体的なフィードバックをいただきました。われわれ開発側からすれば、ネガティブなフィードバックこそ有益な情報なのです。われわれもやりがいを感じながら開発できました。
秋好:私はキャリア入行で、実体験として営業業務に携わったことがなかったので、営業担当者の声を反映し、より実用性の高いプロダクト開発を推進できている点が印象的ですね。最前線の営業担当者がとても協力的で、同じ営業担当者に三度もインタビューしたケースもありましたが、嫌な顔一つせずに協力してくれました。「自分はこう思うが、若手だとこう感じるんじゃないか」といった具合に、さまざまな角度からのご意見をいただいたこともありました。
牧:「AI Native」をスローガンに、生成AIで業務を変えていこうという意識が当行全体に浸透していることが、そうした真摯な対応に表れていると感じます。営業担当者のように最前線でお客さまと向き合っている方々、秋好さんのように現場に近いところでDXを推進している立場の方と、私のように本社機能としてDXに取り組んでいる人間の連携がうまくできていることも、功を奏していると感じます。
最近リリースしたAIエージェントを活用した新しい機能も、フィードバックされた意見をもとに開発されました。検索したい情報が分厚い提案資料のどこに記されているか、生成AIが人間の意図をくみ取りながらスライド単位で探して提示する機能です。営業担当者が必要なのは提案書全体ではなくてスライド単体であるケースも多く、かなりユーザビリティは上がったと考えています。
秋好:営業担当者にとって提案書の作成は非常に負荷の大きいものであると同時に、自分ならではのバリューを最も発揮できる武器でもあります。一般的なツールを導入することだけでは、簡単に負荷の軽減やバリューの強化につながるとは到底考えられません。LayerX社がわれわれに寄り添ってくれたからこそ、本当に現場に役立つプロダクトができたと感謝しています。
小林(誉)氏:これまでを振り返って感じるのは、三菱UFJ銀行は「銀行っぽくない」ということです。私自身が日銀出身ということもあり、銀行というのは非常に堅実かつスローに物事を進めるという先入観が強かったのですが、三菱UFJ銀行はこちらが驚くほどのスピード感で物事を進められるため、われわれのほうがついていくのに必死でした。壁にぶつかっても皆さん当たり前のように乗り越えていきますし、プロジェクト全体が非常にスピーディーに進行しました。仕様や方針を変えることにも躊躇されず、アジャイルな組織だと感じています。銀行がどんどん変わっていくことを肌で感じることができて、個人的に非常にうれしく思いました。
牧:新卒で入行した私にとって、「銀行っぽくない」という言葉は最高のほめ言葉です。保守的な組織と見られがちですが、「挑戦」をキーワードにさまざまな施策に取り組んできたことで、当行のカルチャー自体が大きく変革してきたことの証しだと感じました。
AI時代が問いかけてくる、人間の真価とは

(三菱UFJ銀行 デジタル戦略統括部コンサルティングGr 牧 真央)
—「提案書データレイク」に代表されるように、AIが業務の中に浸透してくることで、行員はどのように変わらなくてはならないとお考えですか。
秋好:提案書は営業担当者のバリューの発揮につながるとお話ししましたが「AIが進むことで個人の強みを差別化しにくくなるのでは」「持ち味が消えるのでは」という懸念も当然あります。しかし、AIが究極化することで最後に残るのは、やはり人間力ではないかと考えています。つまり人間でなければできない業務──お客さまとの関係性を磨いたり、信頼を高めたりといったことがますます重要になってくるのではないでしょうか。
過去の提案資料を探すといった作業は生産性が高いとはいえないのでAIに任せればいいし、その上で提案資料から見つけたナレッジを自分のものにすることが求められます。その結果として個人知が組織知につながっていき、組織全体のボトムアップが図られると考えています。
牧:AIエージェントを本格的に導入した初めてのケースですので、他社の関心も高いようです。ただ、われわれの目的はAIエージェントを導入することではなく、あくまで現場の課題解決に貢献したいというところが出発点です。その結果がAIエージェントだったわけで、現場起点の発想は今後もこだわりたいと考えています。
小林(篤)氏:おっしゃる通りで、AIエージェント導入はゴールではなく、あくまで出発点でしょう。
牧:課題となるのは、いかにわれわれの業務のあり方とAIエージェントをマッチさせていくかですね。
小林(篤)氏:その点についてわれわれは「AIオンボーディング」という考え方を提唱しています。AIとは24時間365日働ける、極めて優秀な新卒社員のような存在なんです。優秀だけれど新卒だから業務知識は十分でないため、先輩が丁寧に教えなくてはなりません。すると特定の業務についてのスキルがあっという間に向上して、先輩の指示にもスムーズに対応できるようになります。まさにオンボーディングの発想でAIに接していただければと思います。
—今後の展開についてお聞かせください。

(三菱UFJ銀行 コーポレートバンキング企画部企画Gr 秋好 颯太)
牧:まずは「Ai Workforce」を当行内に幅広く導入し、提案書の作成はもちろんのこと、契約書や請求書の作成など、あらゆる文書作成業務の中でAIと人間が一緒に働いている環境を実現します。その結果として当行全体で年間20万時間の業務量の削減をめざします。
小林(篤)氏:「提案書データレイク」のAIエージェントや「Ai Workforce」をご活用いただくことで、行員の皆さまの業務効率化が進み、空いた時間を別の生産的な業務に充てていただくことができるようになると信じています。パートナーとしては、さらなる機能開発でプロダクトの価値を上げていきたいと考えています。
小林(誉)氏:当社としては技術、プロダクトに強い自信を持っており、今後は海外でも戦っていきたいと考えています。ぜひ三菱UFJ銀行の海外拠点と連携させていただき、グローバルな展開をめざしていきたいと思います。
秋好:「提案書データレイク」で重要なのは、よりクオリティの高い提案書づくりをめざすことです。それによって営業担当者はお客さまの潜在的な課題発掘や良好なリレーションの構築など、本質的な業務に取り組んでいただきたいですね。ぜひ「自分にしかできない価値の高い業務」に注力していただきたいと思います。
Profile
※所属・肩書は取材当時のものです。

株式会社LayerX
Ai Workforce事業部 CPO 兼 プロダクト部 部長
小林 篤氏
2011年DeNAに入社。Mobageおよび協業プラットフォームの大規模システム開発、オートモーティブ事業本部の開発責任者を歴任。19年より常務執行役員 兼 CTOとしてDeNAのエンジニアリングの統括を務める。25年1月より、LayerX Ai Workforce事業部にジョイン。技術系カンファレンス多数登壇。技術系書籍・雑誌多数執筆。

株式会社LayerX
Ai Workforce事業部 Deployment Strategy 部長
小林 誉幸氏
日本銀行にて経済調査や政府統計、決済制度の企画立案などに携わる。その後、三菱UFJリサーチ&コンサルティングでの戦略コンサルタントを経て、2020年に弁護士ドットコム入社。クラウドサインを担当する執行役員として事業戦略やプロダクトマーケティングを管掌。 23年12月にAi Workforce事業部の立ち上げメンバーとしてLayerXに入社。

三菱UFJ銀行
コーポレートバンキング企画部企画Gr
秋好 颯太
2025年に三菱UFJ銀行に中途入行。大手専門商社での法人営業、商社系コンサルティングファームでのDXコンサルタントを経て現職。現在は日系大企業向け営業部門の企画部署にて、営業活動のDX化(AI・BI活用推進)を担当。LayerX社の「Ai Workforce」を活用した提案活動の効率化・高度化施策をはじめ、生成AI活用に向けた複数の行内プロジェクトに従事

三菱UFJ銀行
デジタル戦略統括部コンサルティングGr
牧 真央
2012年に三菱UFJ銀行に新卒で入行。国内法人営業、海外駐在、マスリテール向け新事業立ち上げなどを経験。
現在の主ミッションは大企業営業領域を中心とした社内の業務改革・生成AI活用推進。LayerX社とのパートナーシップにおいては、「Ai Workforce」の行内・MUFGグループ内展開とそのための制度設計・開発ナレッジの行内移転などを担当。



