金融系大組織とスタートアップが実感したギャップ
阿藤上席調査役と奥沢社長は、プログラムへの参画にあたり三菱東京UFJ銀行とナレッジコミュニケーション社が、それぞれ独自の観点を持っていたことを明かす。
三菱東京UFJ銀行の阿藤上席調査役は、一般論と前置きしながら「銀行の法人向けビジネスの領域で機械学習を活かすとしたら、融資審査とマーケティングあたりと認識していた」と、ITなどのテクノロジーを自社の業務に活かす道を模索していたと説明する。
Photo:テクノロジーの活用について語る三菱東京UFJ銀行の阿藤氏
一方で、ナレッジコミュニケーション社が「MUFG FinTech Accelerator」に参画した経緯を伺うと、奥沢代表はいちスタートアップとしての立場を包み隠さず解説。「クラウドインテグレーションをメインのビジネスとしてきており、フィードバックを貰いながらビジネスコンテストなどへの挑戦を繰り返してきた中で、今回のプログラムへ参加することになった」と話す。
AIの技術を自行の業務において活用する道を模索する大手銀行の意図と、さらなる成長を後押ししてくれるきっかけを掴みたいスタートアップの要望が並んでいた格好だ。
ただ、今回の協働は通常のビジネスとは異なるオープンなものだ。両社の協働はそれぞれの思惑通りに進んだわけではなく、オープンな取り組みならではの違いに直面したという。
三菱東京UFJ銀行の阿藤上席調査役は「今回の取り組みでは、融資審査やマーケティングの領域で、どうすれば機械学習を活用できるのかという『How』の議論を想定していた」とする。
一方で、ナレッジコミュニケーション社の奥沢社長は「お互いのバックグラウンドや期待値を知らない中でプログラムを始める必要があった」と振り返る。
Photo: さらなる成長をめざしてプログラムへの参加を決めたと話すナレッジコミュニケーション社の奥沢氏
クラウド×AIのサービスを展開、融資審査への応用も視野に
その中で、三菱東京UFJ銀行とナレッジコミュニケーション社はプログラムで走り始めることになったというが、三菱東京UFJ銀行からは機械学習を活用したいユーザーとしてのフィードバックを提供しながら、最終的には、ナレッジコミュニケーション社にとっての新サービスを形にしていく目途をつけることになる。
ナレッジコミュニケーション社の姿勢について奥沢社長は「ミッションには『破壊的イノベーションで世の中を変える』ことを掲げており、クラウドがそれだと思っている」とクラウドコンピューティングを活用して事業を展開するという基本的な方向性を強調。アクセラレータプログラムでは、AIとクラウドを組み合わせたAIアルゴリズムの自動最適化『ナレコムAI』の開発を推進したという。
ナレッジコミュニケーション社が期間中に取り組んだ開発では、AI×クラウドを活用。ナレッジコミュニケーション社のクラウド基盤を活用したAI・機械学習のアルゴリズムの自動最適化の応用を図った。
奥沢社長によれば、ナレッジコミュニケーション社の『ナレコムAI』では、エンジン自体がAWS(Amazon Web Services)やMicrosoft Azureなどのクラウド基盤を活用して、比較的小さい費用で使えることも特長の一つだ。
三菱東京UFJ銀行とナレッジコミュニケーション社の両社は、この技術の応用先の一つとして、融資審査のプロセスに機械学習が活用できるかどうかの検証をアクセラレータ期間中に模索。貸借対照表と損益計算書のデータを使い、融資対象として適格かどうかを判断する検証を行ったという。
特に、ナレッジコミュニケーション社『ナレコムAI』の機械学習の活用に最適なアルゴリズムを自動で特定する技術は、従来のAIを活用するための作業を大幅に削減。今までは、データサイエンティストが多くのAIモデルの組み合わせを検討し、何ヵ月もかかって選定していたが、そのプロセスを自動化することで、高度で専門的なノウハウの必要もなく、容易にAIを導入できるようになるものである。
阿藤上席調査役によれば、AIが高いスコアで貸せる・貸せないを返してきた案件は、人が判断してもAIが判断しても結果が大きくは変わらず、AI活用を進める余地を感じたという。一方で、AIでは明確に判断できない案件は、従来どおり銀行員が判断を行うことで、人とAIの協働・共存を確立する余地もあるという。
他方で阿藤上席調査役は「実務的には課題もある」とし、具体的な理由として「融資審査においては、AIによる判断の精度が極めて高かったとしても、AIの判断がブラックボックスになってしまう点は整理が必要」と指摘する。
お金を払っても得られないビジネスのディスカッションもアクセラレータの魅力
このように、三菱東京UFJ銀行とナレッジコミュニケーション社はAIの新たな活用をプログラムで模索して一つの成果につなげた。二人によれば、プログラムにはそれ以上の価値もあったという。
Photo:MUFGのコワーキングスペース「The Garage」で語る奥沢・阿藤両氏
奥沢社長は「普通はサービスを作る時には、自社だけで考えて作るしかないが、アクセラレータプログラムでは、スタート時点からユーザーがどう使いたいかのフィードバックを受けられ、通常と異なるプロセスを踏むことができた」と振り返る。
「週一回の頻度で、10人程が集まり、深く濃いディスカッションをできた」ことが大きなメリットの一つにあるという。普段のビジネスではお金を出しても得られない、サービスの本質を議論するという得難い機会があるという。
三菱東京UFJ銀行の阿藤上席調査役は「AIをもっと使っていかなければならないという風を吹き込む意味で、今回の取り組みは一つのきっかけにできたのではないか」とした上で、「自分たちで扱えるAIサービスに触れることで、何ができて何ができないかはっきりし、自分達でやらなければならないことが明確になった」と参画した意義を語る。
それぞれの思惑や期待値を抱えながらも、新たなサービス、プロダクトの開発やスタートアップの事業化を推進していく過程で変化がもたらされたことが伺える。メンターとして参画した大組織にとっても、さらなる成長を求めるスタートアップにとっても、得るところのあったプログラムだといえそうだ。