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「協業」により実現した新しい価値の創造 ロボット投信とカブドットコム証券の挑戦

投資家への新しい価値提供を始めたロボット投信代表取締役社長の野口哲氏(左)と、カブドットコム証券イノベーション推進部の松永亜弓氏(右)。

「協業」により実現した新しい価値の創造 ロボット投信とカブドットコム証券の挑戦

三菱UFJフィナンシャル・グループ(以下、MUFG)による第2期MUFG Digitalアクセラレータプログラムにて、アマゾンウェブサービス(AWS)賞を受賞したロボット投信。同社はプログラム参加を機に、カブドットコム証券と協業を始め、投信分野でのわかりやすい情報提供をめざして連携を深めている。今回は、ロボット投信代表取締役社長の野口哲氏とカブドットコム証券イノベーション推進部の松永亜弓氏による対談をお届けする。

MUFGのデジタル・アクセラレータ・プログラム参加から始まった3つの「協業プロジェクト」

野口 MUFG Digitalアクセラレータプログラムに応募したきっかけは、アマゾンのクラウドサービスである「AWS」の利用が進んでいる金融機関であり、単にクラウドを使うだけではなく、APIの開放に積極的な企業と一緒にビジネスをしたいと思ったからです。プログラムが始まると、メンターとしてカブドットコム証券さんと深くお付き合いするようになりました。カブドットコム証券さんは、APIが話題になる以前から、その開放に積極的に取り組んでいらっしゃった企業です。

松永 アクセラレータでは、当社はメンターというより先進技術に強みを持つ企業とのスピーディーな提携・事業化の実現を前提に参加させていただいております。ロボット投信さんと一緒に仕事をし、4ヵ月のプログラム期間を経て、3つのプロジェクトを発表しました。そのうちの1つが、投資信託における信託報酬の実額表示です。

野口 一般的に信託報酬はパーセントで表示されますが、これだと受益者はコストをいくら負担しているかがわかりづらいものでした。その信託報酬を金額ベースで表示することで、わかりやすくしました。

松永 2つ目は、投資信託の長期投資では絶対に外せないポイントともいえる「複利効果」の可視化です。

野口 投資信託の分配金を再投資した場合にどれくらいになるのかを、一目でわかるようにしました。そして3つ目は、投資信託の価格変動の要因を分析した結果を、グラフ表示するというサービスです。


ロボット投信の社名の由来はRPA(Robotic Process Automation)。投資信託会社勤務時代の経験が、顧客目線のサービス開発につながったと語る野口氏。

すべてのプロジェクトに共通する「フィデューシャリー・デューティー」

野口 すべてのプロジェクトに共通するものが、「フィデューシャリー・デューティー」です。この言葉は、金融モニタリング基本方針で、「他者の信認を得て一定の任務を遂行すべき者が負っている幅広い様々な役割・責任の総称」と記載があります。この度リリースした3つのサービスは、私自身が投資信託会社に勤めていた経験を踏まえて、顧客目線を強く打ち出したいとの考えのもとに考案したものでした。カブドットコム証券さんも同じように顧客目線のサービスを訴求されていたので、協業してプロジェクトをスタートすることができました。

松永 私たちは2017年7月末に信託報酬の実額表示と複利効果の可視化を、9月初旬に信託報酬の価格変動分析をシミュレーションできるツールをリリースしました。

野口 信託報酬の実額表示は、証券会社にとって大きな意思決定が必要です。それだけに私たちが提供するサービスは、画期的なことだと思っています。

松永 当社にはもともと「開示文化」があり、信託報酬の実額開示についてはこれまでパーセントでの表示で分かりにくかったものを金額で表示するというシンプルなもので、運用商品の実態を把握いただくための顧客目線のサービスなので、社内での大きなハードルはありませんでした。金融機関は一般的に、金融サービスのコストなどを開示することを避ける傾向がありますが、当社は創業時より「顧客投資成績重視」を経営理念に掲げており、常にお客さまにとってより良いサービス提供を行うことが一番重要であると考えています。現時点において、投信の保有コストである信託報酬を実額で開示している証券会社は当社だけですね(2017年11月現在)。

野口 この取り組みを皮切りに、実額開示の文化が広まって欲しいです。受益者がいくらのコストを負担しているのか分からないのに、長期の投資信託をすすめるのは受益者のためにはならないと思っています。

松永 実際、2018年から始まる「つみたてNISA」では、金融庁の通達で信託報酬の概算金額の通知が始まりますね。

金融機関がフィンテック・スタートアップと協業する目的は、スピード感のあるサービス化

松永 スタートアップ企業との協業を躊躇する企業もありますが、常に新しい試みをしていこうというのが当社の方針です。なので、ロボット投信さんと協業することにハードルはありませんでした。また、会社としてもサービス提供の迅速化を求められており、そちらに重きをおきました。その結果、4ヵ月間というアクセラレータプログラムの期間中に、顧客にメリットがあるサービスをロボット投信さんと一緒に開発できました。

野口 他の金融機関では、「スタートアップと仕事をするときに与信が通らない」「できたばかりの会社に仕事を発注したくない」と難色を示す企業が多いのですが、カブドットコム証券さんは「受益者にどんな価値を提供できるか」という視点で考えているので、対応が柔軟です。他の金融機関とは全く違う感覚を持っていると感じました。

松永 最近、「フィンテック」とよくいわれていますが、もともとネット証券自体がフィンテックの先駆けであったと思っています。当社は創業18年目になりますが、ベンチャー気質に溢れていて、ネット証券では唯一システムを自社開発しています。また、顧客の要望を取り入れていいものを開発していこうという風土があるので、新しいものに対する拒否反応がありません。ただ最近では、時代の変化のスピードがとても早く、全てのサービスを自社で開発しているとその変化のスピードに追いつけません。当社では2012年よりAPIを解放しており、従来の証券会社が担っていた機能・サービスの提供主体をアンバンドリングすることにより、証券サービス全体の高付加価値化をめざす取り組みを行っております。これも全てお客さまにとって利便性が高くより良いものを提供する為です。

野口 金融機関の中には「将来、競合する可能性があるベンチャー企業とは協業したくない」という企業もあります。ベンチャー企業が自分たちの領域に侵入してくるという危惧です。しかし、カブドットコム証券さんは、たとえ競合することになっても、本当に受益者の利益になるようなことであれば、積極的に協業していこうという姿勢を取られています。それはとても素晴らしいことだと思います。

松永 もちろん、当社においても危機感はあります。低コストで、UX/CXの優れたサービス開発はフィンテック・スタートアップと言われているベンチャー企業の方が得意としていることもあり、顧客が流れる可能性があります。ただ、重なる領域だから手を出さないといっていると、私たちの役割がどんどんスタートアップ企業に奪われてしまいます。そのため、スタートアップ企業を拒否するのではなく、一緒に変えていこうという姿勢が必要だと思います。


松永氏は、顧客にとって利便性の高いより良いものを、スピード感を持って開発することが必要と語る。

フィンテック・スタートアップ企業との協業は、新しい価値創造の礎となる可能性がある

松永 お客様が金融商品を購入するまでには様々なハードルがあります。たとえば、ネット証券で金融商品を購入しようと思っても、PCを使うのが苦手な人にはそれが容易ではありません。そういう方には音声案内サービスを使って話しかければ注文ができるようにするなど、負担を軽減するような取り組みが必要だと考えています。

野口 ネット証券でも、スマホに話しかけることですべての手続きが完了するというように、金融商品を購入するまでのハードルは今後、下がっていくでしょう。また、これまではユーザーが自社サイトにくるのを待っていたのが、これからはサービス提供側のほうからユーザーに積極的に働きかけていくなど、その考え方や手法自体も変わってくるのではないでしょうか。

松永 多くの企業では、今まで人が行っていた単純なルーティンワークや事務作業などをロボットが代行するRPA化の動きがあります。たとえば、当社では、「貸株サービス」を提供しておりますが、機関投資家向けストック・レンディング(株券等貸借取引)業務でAI(人工知能)を導入しています。AIの導入によって、業務判断や操作において人手が介在することが多い証券基幹業務においても、人員を増やすことなく業務を拡大し、また同時に、省力化を実現しています。これにより、既存のレンディング・トレーダーは借入ニーズの高い銘柄のトレードに特化し、お客さまにとっては魅力的な貸借料率での還元を行うことができています。サービス面では、ロボット投信さんのようなスタートアップ企業と協業して、顧客にとってより良いものの開発に努めています。そして省力化で得られたリソースは、クリエイティブな分野への活用にシフトしています。

野口 当社は設立してまだ1年半の会社です。第2期のプログラムが始まったときはまだ、初年度が終わっていない会社でした。しかし、アクセラレータプログラムでは、設立直後のベンチャー企業にもかかわらず、カブドットコム証券さんをはじめ、さまざまな企業や運用会社のパートナーが同じ目線で仕事をしてくださいました。これは大変ありがたいことといえます。さらに、受益者に一番近いところにいる販売会社と一緒に仕事ができたことも、大きなメリットでした。自分の興味分野とそれをぶつける場所があり、カブドットコム証券さんと協業できたことは貴重な経験となっています。

4ヵ月のプログラム期間中、「日常のやりとりの中で気付きを与えられ、自分たちでは言語化できていない部分を言語化してもらえたことなど、価値ある時間を過ごしました」と話す野口氏。一方、松永氏は、ロボット投信と協業することで、「新しいサービスをスピーディーに提供できたことに加えて、今後の金融業界のあり方についても考える機会を得ました」と語る。ベンチャー企業との協業は、もはや躊躇するものではなく、新しい価値を生み出すための前提条件の一つだといえるだろう。