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eKYC対応で先行するマネックス証券、銀行APIを使った金融機関認証導入で得た成果

eKYC対応で先行するマネックス証券、銀行APIを使った金融機関認証導入で得た成果

2019年10月、マネックス証券(以降、マネックス)は証券総合取引口座の開設プロセスを変更し、手続き全てをオンラインだけで完結する申込み受付を開始した。2018年11月の犯罪収益移転防止法(以降、犯収法)の改正施行開始を受け、いち早く業務課題の解決と関連づけてeKYC対応を進めてきた。2020年2月には、銀行APIを使った金融機関認証による本人確認サービスの提供も開始。金融機関認証による本人確認の利用状況について同社の関係者に聞いた。

●マネックス証券株式会社 カスタマーサービス企画室長 磯部有希子氏
●マネックス証券株式会社 システム開発部 企画・設計グループ 田村英樹氏
●マネックス証券株式会社 システム開発部 企画・設計グループ 前田絢瀬氏

業務効率化の一環でeKYCにも対応

—はじめに、御社のサービス概要と実際にどんなユーザーがご利用になるかのお話をお伺いさせてもらえますか。

磯部:マネックスはいわゆる個人投資家の幅広い層に選んでもらえるサービスを揃えていますが、口座開設の主なターゲットは、資産形成に関心を持ち始めたエントリー層です。エントリー層とは言っても、未成年は口座開設に親権者の同意が必要になりますし、働き始めたばかりの20代はなかなか投資に回す資金を作ることが難しいせいでしょうか、口座開設のボリュームゾーンは30代です。男女比では75%:25%で男性が多いですね。口座開設後に活発に取引をしているお客様は、40代?50代の長く取引を続けている方々が中心になります。

2019年に話題となった「老後資金2,000万円問題」を背景に、投資についての意識が高くなってきていると感じます。政府も個人での資産形成を促すためにNISAやiDeCoの活用を推奨していますが、マネックスとしては、以前から投資未経験者向けに少額で投資できる金融商品や積み立ての案内で、エントリー層の底上げに力を入れてきました。その他にも、経験者の方々にも満足してもらえるような米国株、FX、信用取引など、世の中に出回っている金融商品は幅広く扱っていて、ネット証券の中でも充実した品揃えだと思います。

—御社は同業他社と比べてもeKYCを早く導入しています。施行規則改正は2018年11月ですが、いつから検討を開始したのですか。

田村:実は、改正の話が出た直後に三菱UFJ銀行から提案をいただいていました。その経緯もあって、施行開始のタイミングという比較的早いタイミングでeKYC導入プロジェクトを立ち上げています。プロジェクト化して進めたのは、口座開設業務のスピードアップという課題を解決したいという思いがあったからです。書類のアップロードと内容を読み取る機能を充実させ、お客様の入力負荷を軽減することでユーザー体験を向上する。そのための手段として、eKYCと金融機関認証を実装することにしたのです。

また、2019年10月から新しい手続きで口座開設の受付を開始できたのは、eKYC導入プロジェクト開始前からマイナンバー登録や住所変更時の必要書類を電子的に受け付ける基盤を整備できていたことが大きいと考えています。その基盤を使うことで、eKYCの実装ではシステムをどう改善するかに集中できました。

—業務効率化の一環としてシステムの見直しにも取り組んだわけですね。業務フローの見直しに伴い、どんなシステム機能を強化したのですか。

田村:総合口座開設の業務フローの見直しを機に、裏側のシステム全体を刷新しました。以前の口座開設手続きでも、本人確認書類をアップロードする機能はありましたが、受付から業務部門に渡るまでに時間がかかっていたので、全面的に見直すことにしたのです。見直しにあたっては、一定のルールの下でのOCRの読み取り機能の強化とチェック機能を追加し、目視によるチェックの負荷が軽くなるようにしました。

磯部:eKYCの要件には本人確認書類が本物かを確認するために書類の「厚み」を撮影しなければならないなど、目視でなければできない作業があります。また、OCRの判定にもエラーがあったり、お客様が誤りを見落としていたりすることもあります。全部を自動化できればいいのですが、完全には難しいですね。

申込み受付から業務部門の確認に至るまでの時間を大幅短縮

—eKYC対応に伴う新しい業務フローで実感した効果を聞かせてください。

田村:人による目視での確認はまだ一部に残るのですが、最も効果があったのが、受付から業務部門が確認するまでの時間の短縮です。以前は半日程度かかっていたのが、ほぼリアルタイムにできるようになりました。

磯部:新しい手続きではスマートフォンでの申込完結を想定した結果、フローを構成するステップ数が増えてしまいました。その分、途中での離脱を心配していたのですが、幸い申込み件数自体は変更前よりも増加しました。投資に関する意欲の高まりなど市場環境の影響もあり、手続き変更だけの効果とは言えませんが、口座開設が減ることのないようプロジェクトメンバー同士で考えて工夫を凝らしたので、結果には満足しています。

売買取引とは異なり、頻繁に行う手続きではありませんので、お客様からのご意見をいただく機会はそう多くはありませんが、「スマホで手続きを完結できるのが楽」というご意見は聞いています。

—新しい手続きになって、離脱率は減りましたか。また、三菱UFJ銀行が提供するAPIを利用しての金融機関認証と、顔認証を使う場合で、離脱率に違いが出ていますか。

磯部:新しい手続きで離脱率や不備率が減ることを期待していますが、eKYCで要件が増えた分の課題もあります。先ほどもお話しした「本人確認書類の厚みを示してください」等で引っかかる人が多いです。顔認証よりも金融機関認証の方が離脱率は低いので、日常的に「三菱UFJダイレクト」にログインしている方には便利にお申込みいただけると思います。

田村:新しい手続きをリリースした直後を振り返ると、顔撮影よりも金融機関認証の方が手続きに慣れている分、金融機関認証を選ぶケースが多かったと記憶しています。その結果が申込み件数の増加に繋がったということは、APIを使う金融機関認証という選択肢が提供できたことが功を奏したのだと思います。

磯部:撮影した写真の背景から推察すると、大半がご自宅のようです。顔撮影に抵抗感がある人も一定数いるので、金融機関認証という選択肢があるのは大きいですね。

—今後、非対面で口座開設を行うユーザーの何割がeKYCを利用すると想定していますか。

磯部:すでに75%のユーザーがeKYCで口座を開設しているので、おそらく8割はeKYCを使うことになると思います。

ただ、マイナンバー通知カードの廃止(時期は未定)が決定している中、マイナンバーカードの普及率が低いのが今後の懸念点です。通知カードが廃止になると、マイナンバーカードを保有していない方はeKYCでのお申込を受け付けることができません。マイナンバーカードの普及後も、未成年や外国人のように別の書類の差し入れも必要な方もいることから、上限は8割程度に留まると考えています。

入出金取引でのAPI連携により、さらに便利に

—システム開発について伺います。eKYCの実装において、三菱UFJ銀行のAPIを使用して良かった点、苦労した点をそれぞれ教えて下さい。

前田:供給を受けたデベロッパーツールや仕様書が整備されていたので、不明点が少なく開発を進めることができました。ポータルも使いやすく、テストも容易に実施できました。

田村:今回のプロジェクトは、マネックスの総合口座開設フローを刷新する重要なものでした。検討開始から、どこまでお客様の入力負荷を軽減できるかという観点で議論を進めてきたのですが、最も大きな論点は、様々な形式の住所をどこまで正確に読み取れるか、APIから返ってきた住所をどのレベルで照合できるかでした。例えば、申込み時に入力したマンション名が、銀行側の登録内容と微妙に違っているような場合、どこまでがシステムで対応し、どこまでを業務側で吸収するかの線引きが最も難しかったところです。その検証には時間をかけました。

—今回、金融機関認証で銀行APIを採用されたわけですが、この他に銀行APIで期待するものはありますか。

磯部:以前から入出金の振込指示にAPIを活用しています。マネックスの場合、ATMでの入出金も可能ですが、基本的にお客様指定の金融機関の口座を使ってもらうようにしています。そのため、銀行の支店名と口座番号を登録してもらいますが、そこでご家族の口座を指定するお客様が意外と多くいらっしゃいます。ご本人名義の口座を指定しなければ入出金はできないので、現状のシステムでは組み戻しが発生してしまいます。入出金先の口座を指定したときにAPIで本人の口座かどうかの照合ができればいいと思います。

—APIでどんな情報を渡すかという意味では、支店番号と口座番号にニーズがありそうですね。

磯部:はい。マネックスは対面でのビジネスをしていないため、アンチマネーロンダリングの観点から、登録情報の正誤の担保も難しいのですが、銀行が持っている情報と当社の登録情報が合致することはリスクヘッジになると思います。お客様が引っ越した場合の住所変更の手続きが遅れがちなのも課題の1つです。

田村:氏名変更の場合も同じです。実際に入出金の処理を実行してみないと結果がわからないので、問い合わせに発展することもあります。変更を検知した段階でお互いに変更を促したり、まとめて変更ができたりするとうれしいです。

磯部:総合口座開設もですが、住所変更のように頻度が少ない手続きでも、やり直しができるだけないようにすることがユーザー体験の向上につながると思います。お客様がストレスなく、手続きができるようになればと思います。

—それができるとユーザー体験はよくなりますね。最後に、今後の御社のビジネス展望について聞かせてください。

磯部:2019年9月から米国のネット証券業界で加速した手数料撤廃の流れを受け、日本でも手数料競争が激化しています。今までのネット証券のビジネスモデルは手数料収入に依存するものでしたが、今後はお客様の資産を増やすことに対して報酬をもらうアセットマネジメントの方向にシフトしていく必要があります。「マネックスであれば資産が増える」「マネックスは使いやすい」と思っていただき、できるだけ長くマネックスを使ってもらいたい。そこを念頭にさらなる商品拡充とユーザー体験の向上に取り組んでいきたいです。