協業の経緯
社員5人のスタートアップとの連携
—協業の始まりはどのようなものだったのでしょうか。
髙橋氏:たまたま当社が開催していたセミナーに三菱UFJ信託銀行の若手の方が参加され、魅力を感じてくださったというのが最初の出会いです。その後、手書き文字のデジタル化における精度向上というプロジェクトでお声がけいただき、これが協業のスタートになりました。AIの中でも最新のテクノロジーを活用し、読み取り精度を高めることで、人は二次的なチェックをするのみというレベルを達成することができて高い評価をいただきました。
木村:信託銀行は膨大なデータを持っていますが、その多くは手書きされたものを人が端末に打ち込んでデータ化・システムに乗せるというもので非常に効率が悪いのです。なんとかしなければという問題意識はずっとあったのですが、ここにAIが使えるとは思っていませんでした。しかし、当時社内に設けていたFinTech推進室の若手のメンバーからAVILENさんの名前が出て、早速依頼したところ3ヵ月で成果が出ました。これはすごいと思って、業務効率向上という視点だけではなく人材育成を含めたDX推進にぜひAVILENさんの力を借りようと思いました。
髙橋氏:当時AVILENは創業直後で社員はわずか5人。よく声をかけていただけたと思っています。
木村:確かにこれほどの規模のスタートアップと一緒に仕事をするのはほとんど例がなくて、社内には「どういう会社?」「大丈夫?」という声があったことは事実です。しかしFinTech推進室の若手メンバーを中心に、会社の規模などに関係なく力のある会社と一緒にチャレンジしていきたいという思いがありました。
(株式会社AVILEN 代表取締役CEO 髙橋 光太郎氏)
協業の主な内容と成果
デジタル人材育成・AI開発に大きな成果
—その後の協業はどのように進んだのですか?
木村:「AI Seed」をはじめとしたさまざまなプロダクト開発を進めています。またデジタル人材の育成やデータサイエンティストの発掘も大きなテーマで、それをめざした「データサイエンスコンペ」は大きな成果を挙げています。テーマの設定からコンペ参加者に対するeラーニング、フォローアップイベント、表彰・講評まで、全体をAVILENさんとの二人三脚で進めました。当初は信託銀行内に限定したイベントだったのですが、対象をMUFGに広げた2021年度の第1回は267名、翌年度の第2回では766名の参加者があり、DX人材の発掘・育成に非常に有効な取り組みとなっています。
髙橋氏:第2回は初級と中上級のクラスに分けたことが効果的でした。初級ではこれまで機械学習などにはまったく触れたことがないという人も参加していますが、e-ラーニングで学びながら上位層に食い込んでくる方もいました。
木村:データサイエンスに関して自分も何かをしなくてはと思っている方も、初級ならできると思って参加してくれたと思います。第1回から感じていることですが、普段は営業の第一線にいる若い方など、思わぬ部署の思わぬ人が才能や適性を持っているのです。聞いてみると大学時代少し学んでいたというのですね。同じような人はまだまだいると思います。またコンペを通じて部署や会社の枠を超えてグループ横断のデジタル人材のネットワークが育ってきました。その人たちが自由に意見交換できるバーチャルなフィールドも社内のオンラインサロンのような形で2022年の秋に立ち上げました。今では500人くらいが出入りして案件の立ち上げ方の相談などさまざまなやりとりをしています。これもコンペの大きな成果です。
(三菱UFJ信託銀行 取締役常務執行役員CIO兼CDTO木村 智広)
協業の今後の展望
データドリブンな意思決定ができる組織に
—今後の協業の推進をどう展望していますか。
木村: AI Seedの活用やAIを活用したプロダクトの開発、さらにデジタル人材、データサイエンティストの発掘・育成について、今後も力を得たいと思っています。また当社のカルチャー改革も大きなテーマです。当社は前身の三菱信託から数えればすでに創業95年になり、創業当初の仕事で今も続けているものもあります。古き良きものを引き継いでいくというカルチャーが根っこにあるのです。もちろんそれを壊す必要はありませんし、必要としているお客さまもたくさんいらっしゃいます。しかし一方では、革新的なテクノロジーの導入による新規のサービス開発など、新しいことにチャレンジしていかなければなりません。このような「ゼロから1」を生み出す仕事というのは、その訓練と感性がないとできません。現在、行員をAVILEN社に出向させていますが、ぜひ、そのカルチャーを吸収して持ち帰ってほしいと思っています。
髙橋氏:出向で来てもらっている方には、画像処理系のハードなプロジェクトを一緒にやってもらっています。マニュアルはなく、おそらく銀行とはまったく違う業務環境なので、何かつかんでいただければと思っています。また「ゼロ1」の取り組みやアジャイルで大事なのはスピードです。今私たちが社内で進めていることとして、データ基盤をつくってあらゆるデータを誰でもリアルタイムで参照できるようにしてスピーディーにデータドリブンの意思決定をするということがあります。これも取り組み自体は最近よく耳にするものの、徹底して活用することができている企業は多くはないと思っています。これは、会社規模や文化が影響しているので、そういったところからも文化の重要性などを感じていただければと思います。
木村:会社がこれからも100年、150年と続いていくためにはデータドリブンな経営をしていかなければなりません。しかし私たちのような会社だと、まずちゃんとした器をつくってそこに正しいデータを入れてからやりましょう、ということになってしまう。しかしこれではいつまでたってもデータ活用はできません。与えられたデータが曖昧で不完全なこともあるため、それを前提としてどう利活用すればいいのか、これもAVILENさんから吸収したいことの一つです。
髙橋氏:三菱UFJ信託銀行さんはプロフェッショナルなノウハウやデータをたくさんお持ちです。その利活用にAI Seedをはじめとする最先端のプロダクトをどう役立てていくのか、いろいろなことが考えられます。また、できるだけ多くの行員の方がデータドリブンな判断ができるような組織にしていくという目標の実現もお手伝いしていきたいと考えています。
データドリブンという視点では、データサイエンスがわかる人の数が圧倒的に多い必要はありません。高度な分析が必要な業務の数はそれほど多くないからです。しかしデータを見て何が起きているかわかる、そこから論理的に施策を考えられる、KPIを定義してデータドリブンに動く体制をつくるという取り組みは非常に重要です。人数で言えばそれができる人たちのほうが必要であり、ぜひそのご支援もしていきたいと思っています。もう一つは最新技術が日々アップデートされていく中でそれをどう金融機関の業務効率化や新サービスにつなげていくのか…。私たちが話したり書いたりしている言葉である自然言語をかなり自由に扱えるChatGPTなどのLLM(Large Language Model)と呼ばれるものも登場しており、今後急速に発展するのは間違いありません。これらの技術をこういうところに使えるのではないかといった気づきは、私たちの得意なパートです。この点でもお手伝いをしながら金融事業の発展を一緒に担っていけたらと思っています。
木村:私たちが持っている何百万というデータはどうすれば使えるのか…、このことを考えていける組織になっていかなければなりません。そのためにさらに協業を進化させていくつもりです。