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Power to Inspire Story

挑戦し続けるアスリートたちの物語

Vol.4 Jamie Joseph

苦しいときこそ、挑戦し続ける

Jamie Joseph
ジェイミー・ジョセフ

プロラグビーコーチ

スポーツには、ただ競い合い、楽しむだけでなく、人々を成長させ、社会をも変える力がある。スポーツを通して挑戦を続け、多くの人を奮い立たせてきたアスリートたち。彼らは何を考えながら戦い、そしてどんなヴィジョンをその胸に秘めているのか。
2019年、日本中に歓喜を巻き起こしたプロラグビーコーチのジェイミー・ジョセフ。半数を外国出身の選手が占めるチームを「ONE TEAM」にまとめ上げ、躍進に導いた手腕には世界から注目が集まっている。大きな目標を達成した名将は、すでに“次”に向かって走り出していた。
Jamie Joseph
我慢しあうのではなく、理解しあうことが大切

2020年2月17日、ベルリンで『ローレウス・ワールド・スポーツ・アワード』の授賞式が行われた。

「ローレウス」は、故ネルソン・マンデラ南アフリカ大統領が語った「スポーツには世界を変える力がある」という言葉を理念に持ち、スポーツの持つ力を通じて暴力や貧困といった社会的な課題に立ち向かい、世界をより良く変えていくための活動をしている団体だ。

世界40以上の国や地域で160を超えるプログラムを支援する一方、年に一度世界中のアスリート、レジェンド、スポーツ団体を集め、その年に活躍した個人や団体を讃える「ローレウス・ワールド・スポーツ・アワード」を行なっている。

2019年に著しい躍進を遂げた選手・団体に贈られる「年間最優秀成長賞」にノミネートされたチームの顔として授賞式に参加したジェイミーだったが、残念ながら受賞はならず。それでもスポーツ界のレジェンドたちに囲まれた指揮官は、この栄誉ある賞の候補になったことにこれ以上ない誇らしさを感じていたようだ。

「2019年のクリスマスに、ローレウス・アカデミーの会長で、オールブラックスの先輩でもあるショーン・フィッツパトリック氏から電話をいただき、ローレウスの活動について説明をしてもらいました。ラグビーなどスポーツを通じた社会貢献活動は、ニュージーランドではとても馴染みのあること。私はローレウスの活動をとても素晴らしいと思い、ぜひ授賞式に参加したいと伝えました。日本を代表して今回の授賞式に呼んでもらった自分の役割は、日本でメッセージを広めることだと思っています」

流行語にもなった「ONE TEAM」という理念のもと、半数を外国出身の選手がしめるチームを見事にまとめあげたジェイミー。国籍や言語の壁を超えたチームは、スポーツの力で差別や暴力をなくそうというローレウスの精神を体現する存在ともいえるだろう。

「多民族チームの強みは、たくさんの異文化が共存し、高めあうこと。相違点を超越して団結しONE TEAMになったとき、そこには大きな力が生まれます。大切なのは、我慢しあうのではなく、理解しあうことです。言葉も通じない外国人を受け入れるのは、難しいことです。同時に、外国人にとっても、異文化の国で生活することは簡単なことではないのです。多くの外国人選手たちは、自身の家族と離れて生活しています。家族との距離は孤独を生み、精神的にも厳しい状態になります。だから、私は選手とスタッフに外国人選手とスタッフへの“おもてなし”をお願いしました。まずは外国人に心を開き、迎え入れる。そうすることで、外国人側もお互いに理解しようと思える。そこから外国人選手との絆が生まれる。それがONE TEAMの原点です。国籍ではなく、ラグビーというスポーツを通じてチームが一つになったことは、もしかしたら、とても現代的な概念かもしれません。90年代生まれの若い世代だからこそ、私のメッセージが浸透したともいえるでしょう」

歴史に残る躍進を支えたのは、選手だけでなく、国全体がONE TEAMになったことだと語る。

「“Sport Unites Us(スポーツは私たちを結びつける)”とはローレウスのキーワードの一つですが、多民族のチームが毎試合をともに戦い、勝ち進んでいく中で、私はそれを感じていました。選手たちの相互理解だけでなく、スタッフや家族、サポーターの皆さんを含む多くの方々の力強い声援が団結力を生み出し、我々のパフォーマンスを引き出したと思っています」
Jamie Joseph
人生は、ラグビーの試合と似ている

オールブラックスの一員として活躍した彼は、日本のチームに所属し日本代表としても活躍した経験を持つ。そんな自身の経験がチーム作りにいかされたのだろう。身長は196cmと見上げるほどで、表情は常に柔和。ときおり日本語も交える言葉遣いからは、知的な内面が伝わってくる。

「ラグビーは私にたくさんのことを教えてくれました。私の家族は全員がスポーツをしていました。ソフトボール、バスケットボール、ラグビー。私の姉妹も、従兄弟も、みんなが常にスポーツを楽しんでいた。決して恵まれた環境で育ったわけではありませんが、常に挑戦する心、決して諦めない心をスポーツが育んでくれたと思っています。人生は、ラグビーの試合と似ています。絶好調の時間もあれば、苦しい時間帯もある。80分間を通して質の高いプレー、集中力を維持したくても、なかなかうまくいかないんです。でもそういう苦しい時間帯こそ、後悔しないように積極的に、楽しく挑戦し続けないといけない。そう思える精神力をラグビーが、スポーツが鍛えてくれました」

彼はすでに次の目標に向かって走り出している。

「数多くのラグビー選手が、日本スポーツ界有数のスーパースターになりましたが、向上心を失い、集中力を切らしたら、あっという間に日本ラグビーのレベルも下がってしまうでしょう。日本ラグビーは選手層が欧州や南半球のチームほど厚くはありません。トップ選手はレベルを維持しなければならないし、若手選手が育つのを待っている余裕もありません。日本ラグビーはさらなるレベルアップに挑戦しなければならないのですが、それは簡単なことではありません。水は100℃で沸きます、99℃ではありません。100%の力を出し切って初めて本当のポテンシャルを発揮します。選手たちを沸騰させるためにも、私は常に模範的に振る舞い、真のリーダーでなければと思っています」

スポーツには到達点がない。自分に勝ち、相手に勝ち、そしてまた自分との戦いが始まる。それでも挑戦する気持ちを持ち続けられる者だけが、栄光を手にすることができる。そしてそんな強い肉体と精神を持つアスリートだからこそ、大きな感動を生みだし、社会を、世界を変える可能性を持つ。さらに先をめざすジェイミーの挑戦をこれからも応援したい。
Jamie Joseph

ジェイミー・ジョセフ

プロラグビーコーチ。1969年生まれ、ニュージーランド出身。選手としてニュージーランド代表、日本代表で活躍後、指導者の道へ。2016年、日本代表のHC(ヘッドコーチ)に就任。多国籍のチームを見事にまとめあげ、予想を覆す大躍進を遂げた。母国ニュージーランド代表・オールブラックスのHCの誘いを断って、日本代表HCを留任。2023年のさらなる飛躍を目指し、ふたたび指揮をふるう。
文・川上康介 写真・淺田 創 コーディネート・フローラン・ダバディ
── 私たちは、スポーツの力を通じて次世代を担う子どもたちを支援しています ──
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