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Power to Inspire Story

挑戦し続けるアスリートたちの物語

Vol.5 Ai Sugiyama

誰かを元気にしたい。それが私のパワーになる

Ai Sugiyama
杉山愛

元プロテニスプレーヤー

スポーツには、ただ競い合い、楽しむだけでなく、人々を成長させ、社会をも変える力がある。スポーツを通して挑戦を続け、多くの人を奮い立たせてきたアスリートたち。彼らは何を考えながら戦い、そしてどんなヴィジョンをその胸に秘めているのか。
かつてプロテニスプレーヤーとして活躍した杉山愛は、現在テレビなどで活躍するかたわら、後進の指導にもあたっている。「自分も苦労したから」とジュニア選手のための新しい大会を立ち上げるなど、さまざまな挑戦をする彼女もまた、『スポーツの力』を信じるひとりだ。
Ai Sugiyama
現役時代からたくさんの社会貢献活動に参加

「いいねー!じゃあ、次は片手で打ってみようか!」
神奈川県茅ヶ崎市にあるパーム・インターナショナル・スポーツ・クラブに元気な声が響きわたる。愛息にコーチをしているのは、このクラブの代表である杉山愛さん。現在彼女はテレビのコメンテーターをつとめるほか、このクラブで後進の指導にもあたっている。ラケットを持ちコートを駆ける姿は、現役時代を彷彿とさせるが、

「いま大坂なおみ選手と戦ったら1ゲームもとれないでしょうね。運が良ければ1ポイントくらいはとれるかもしれないけど」と語る。

屈託のない笑顔はグランドスラム62大会連続出場を果たした現役時代から変わらない。彼女は、スポーツの力を通じて子どもや若い世代を支援する世界的なスポーツ慈善団体「Laureus(ローレウス)」のアンバサダーという顔も持っている。

「スポーツは勝ち負けや楽しいというだけでなく、よりよい世界をつくる可能性があると信じています。私自身、プロとして戦い、世界をまわることで人間的に成長させてもらったと思っています。だから、実績だけではなく人間的にも素晴らしいスポーツ界のレジェンドやトップアスリートが活動しているローレウスから声をかけていただいたときはとても光栄に感じました。昨年のラグビーワールドカップのときは、ローレウスとスペシャルオリンピクス日本・東京が開催した知的障がいを持つ子どもたちのためのラグビー教室に参加しました。あのキラキラした目を見ていると、この子たちにはたくさんの可能性があると思える。自分自身も学ぶことが多い、貴重な時間だったと思います」

現役時代からたくさんの社会貢献活動に参加してきた。ツアーで1勝をあげるごとに日本対がん協会に1万円を寄付したり、大病を患った双子の姉妹選手に獲得した賞金を全額寄付したり。つい最近もオーストラリアの森林火災の被害支援のためのチャリティーイベントに参加したばかりだ。

「テニスの世界では、トッププレイヤーになって経済的に余裕がでたら社会にギブバックしようという暗黙の共通感覚のようなものが昔からあるんです。プロになりたてのころからそれをすごく素敵だなと思っていて、自分にできることがあればやっていきたいと自然に思うようになっていきました。テニスの場合、常に世界中をツアーしていますから、日本とは違ういろいろな国の文化を知ることになります。最初は自分のなかの常識とのギャップにとまどいもありましたし、ホームシックになることもありました。でもそれを受け入れなければ戦っていけない。私もここが私の人生、世界が私の戦う場所、と受け入れるまでは大変だったんです」
Ai Sugiyama
ライバルも一歩コートを離れたら“仲間”

それでもそこには仲間がいた。ワールドツアーを巡るのは自分ひとりだけではない。毎週のように大会で顔をあわせる選手たちとは、ひとつのチームの仲間のような感覚もあったという。

「対戦するときは敵だけど、一歩コートを離れたら仲間。いろいろな国から選手が集まっていて、どこかで災害などが起きると、選手の中からすぐに声があがってチャリティをしようとなる。阪神大震災や東日本大震災のときもそうでした。社会貢献への意識が高いところがテニス界の魅力のひとつだと思っています」

現役時代はシングルスはもちろん、ダブルスの名選手としても知られていた。グランドスラムで3回優勝。世界ランキング1位に輝いたこともある。

「シングルスはひとりで戦うから苦しい。ダブルスではテニスを楽しもうという意識が強くありました。だからパートナーは試合に勝てる人ではなく、人間的に好きな人を選んで組んでいました。仲がいいから、好きだから、本音で意見を言えるし、リスペクトもできる。そういうパートナーならチーム作りのプロセスも楽しめるんです。表情を見ただけで考えていることがわかるくらいのパートナーと組んでいたからこそ、いい成績をあげられたのかもしれませんね」

その人がその人らしくいるための経験を重ねる時間が大切

いま彼女は新しい挑戦をしている。2018年から地元・茅ヶ崎で国際テニス連盟公認のジュニア大会「Ai Sugiyama Cup」を開催。世界に羽ばたこうとするジュニア選手たちのためのチャンスの場をつくった。

「世界ランキングに入るには公認の大会に出場してポイントを獲得しなければならないんです。でも世界各地で行われる大会に出場するのはお金もかかるし大変。私もそれで苦労したので、日本でもポイントが獲れる大会を開催することにしたんです。パーム・インターナショナル・スポーツ・クラブで指導している選手たちも出場していますが、やっぱり若い選手は可能性があります。選手以上に自分がワクワクしている。彼ら、彼女らと一緒に夢を見ていることがすごく幸せだなと思います。決して大きくはないけど、自分らしい大会に育っていけばいいですね」

自分以外のだれかにエネルギーを与えたい。その思いは現役時代から変わらないという。17歳でプロになったときから、「お客さんはお金を払って試合を観に来てくれる」という思いでテニスに打ち込んできた。

「25歳のとき、もう抜け出せないと感じてしまうようなスランプに陥りました。苦しい時期が数年に渡って続き、もうテニスをやめたいと思ったこともありました。そのときも自分としっかりと向き合って、テニスの神様がなぜ自分に試練を与えるのかって考えました。トレーニング、睡眠、食事はもちろん、呼吸法にいたるまで、できることはすべてこなして試行錯誤する日々を送りましたが、最後に出た結論はやっぱり、人を元気にしたいということでした。勝てなくても少しずつでもいいから成長していくことができれば、誰かに元気を与えることができるんじゃないかって。そう思えたら、すごく気分が楽になり、成績も徐々に上がっていきました」

「自分のテニスで誰かを元気にしたい、笑顔になってもらいたい。それが私のパワーになる。もちろん頑張ったからといってプロとして活躍できるわけではありません。それはテニス、スポーツだけでなく、勉強や芸術でも同じことがいえるでしょう。でも大切なのはスキルではないと思っています。ひとつのことにうちこむ時間、その人がその人らしくいるための経験を重ねる時間が大切なんだと思っています」

テニスを愛し、テニスによって成長した。だからこそ恩返しをしたい。そんな彼女が育てた選手たちが、世界の舞台で杉山愛ゆずりの笑顔を見せる日はそう遠くないかもしれない。
Ai Sugiyama

杉山愛

1975年生まれ、神奈川県出身。17歳でプロに転向、2009年に引退するまでツアーシングル6勝、ダブルス38勝をあげる。最高ランクはシングルス8位、ダブルス1位。日本人初のシングルス、ダブルス同時トップ10入りを果たした。引退後はテレビの解説者、コメンテーターをつとめるかたわら、自らが代表をつとめるパーム・インターナショナル・スポーツ・クラブで後進の指導にあたる。2018年ローレウスのアンバサダーに就任。
文・川上康介 写真・淺田 創 アスリートビューティーアドバイザー・花田真寿美
── 私たちは、スポーツの力を通じて次世代を担う子どもたちを支援しています ──
MUFGのCSRの取組みについて
https://www.mufg.jp/csr

ローレウス・ワールド・スポーツ・アカデミー ホームページ(英語)
https://www.laureus.com/