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Power to Inspire Story

挑戦し続けるアスリートたちの物語

Vol.7 Mayumi Tsuchida

乗り越えられない壁はないと自分に言い聞かせてきた

Mayumi Tsuchida

土田真由美

女子車いすバスケットボール選手

スポーツには、ただ競い合い、楽しむだけでなく、人々を成長させ、社会をも変える力がある。スポーツを通して挑戦を続け、多くの人を奮い立たせてきたアスリートたち。彼らは何を考えながら戦い、そしてどんなヴィジョンをその胸に秘めているのか。

女子車いすバスケットボールプレーヤー、土田真由美は悔しさを糧にここまできたという。障がいが進む不安を抱えながらも「乗り越えられない壁はない」と自分に言いきかせ、自らの夢に挑む。東京パラリンピックの大舞台で輝く。まずはその夢を叶えるため、彼女は日々汗を流す。

Mayumi Tsuchida
せめてツメはきれいにネイルして女の子らしくいたい

巧みにボールを操る手を見ると、可愛らしいネイルが施されていた。そのことを指摘すると、少し恥ずかしそうな表情を見せた。

「車いすバスケをやっていると、手のひらの皮が厚くなって、どんどんゴツくなっちゃうです。それでせめてツメはきれいにネイルして女の子らしくしたいなって(笑)」

女子車いすバスケットボールの日本代表の土田真由美。車いすに乗り、男子に混ざってプレーする姿は、凛々しくカッコいい。だが、一歩コートを離れると、朗らかで親しみやすい人柄だ。

「自分でいうのも変ですが、子どものころからスポーツが得意で将来はスポーツトレーナーになろうと思っていました」

そんな彼女が車いすバスケットと出会ったのは、体育大学に通っていたときのことだった。立ち寄った体育館で先輩に声を掛けられた。

「試しに競技用の車いすに乗ってシュートをうってみませんかと言われて、興味本位でやってみたんです。簡単に入ると思っていたんですが、入るどころかリングにも届きませんでした。それがすごく悔しくて。あの悔しさがなければ、その後、車いすバスケをやることはなかったかもしれません」
Mayumi Tsuchida
大学生当時、土田は車いすと関係のない生活を送っていた。先天性の股関節変形で将来的に歩けなくなる可能性があるといわれてはいたが、まだ痛みもなかったこともあり、その現実を直視できずに過ごしていたという。

「頭では理解していても、なかなか現実を受け入れることができませんでした。でも徐々に進行して、自分で歩ける時間が短くなり、車いすに頼らざるを得なくなりました。最初はそれをマイナスに考えることも多かったです。いつか治るんじゃないかという希望も持っていた一方、このまままったく歩けなくなるという不安も大きかった。だから障がい者手帳を持つことになったときは、けっこう落ち込みました。昨日の自分と今日の自分は何も変わらないし、症状が一気に進行したわけでもない。なのに昨日まで健常者だと思っていた自分が、その日から障がい者になった。その現実を受け入れるには少し時間がかかりました」

ネガティブになりがちだった彼女を前向きにしてくれたのが、大学生のとき悔しい思いをした車いすバスケットだった。

「車いすバスケは本当に難しいんです。やり始めたころは、真っすぐ走れないから目の前にあるボールを追うのも大変。バックもターンもできないし、止まることもできない。動き出したら止まることができないから、必ず誰かにぶつかって止まっていました(笑)。とにかく難しくて、だからこそ楽しい。シュート1本決める喜びがすごく大きいんです。車いすバスケットをはじめて、いろいろな障がいを持つ方と知り合う中で、自分の障がいを受け入れて向き合い、前を向くことができるようになりました。いろんな人に支えてもらい、励ましてもらい、ここまでやってきた。車いすバスケに救われたと言ってもいいかもしれません」

あたりが激しい男子チームにも所属 東京で結果を出すために

うまくできないから、頑張ってうまくなりたい。そんな負けず嫌いの性格が土田を車いすバスケにのめり込ませた。

「不器用な性格なので、悩むこともたくさんありました。そのたびに自分に“乗り越えられない壁はない”と言いきかせてきました。褒めてもらうのは好きですが、自分の場合、悔しさのほうが糧になる。日本代表に選ばれてからも、予選メンバーから落ちたことがありました。それが本当に悔しくてヘッドコーチに私を落としたことを後悔させようと思い、必死に頑張った。その結果、次の大会ではMVPをとることができた。そんなこともありました。」

練習は男子選手と一緒に行う。車いすバスケは激しいスポーツだ。ハイスピードでボールと選手が動き、ゴールをめざす。時には衝突もある。土田は身体の大きな男子選手に対してもひるむことなく、積極果敢なプレーを見せる。

「車いすバスケはあたりが激しい。転倒することもありますが、それを怖がっていたらプレーできません。初めて見た方はイメージと違うと言うことが多いですね。格闘技みたいだって言われることもあります」

土田は、この車いすバスケで大きな挑戦をしようとしている。

「東京パラリンピックで結果を出す。やはりそれがいま一番大きな目標です。女子チームではもちろん、男子チームでも頑張りたいと思っています。男子に交じると、やはり速いし激しい。少しでもそこで追いつけるようになりたい。プレーヤーとしてはだいぶベテランになってきましたが(笑)、まだ引退とかは考えていません。そう思った瞬間に自分に甘えが出てきそうな気がして。ギリギリまでは第一線のプレーヤーでありたい。もちろんいつか限界はくるでしょう。そのときは、自分が試行錯誤しながら悩んできたことを若いプレーヤーに伝えていきたいです。いずれ指導者にでもなれば、また新しい楽しさが見つかるかもしれませんね」

車いすバスケを広めていきたい

自分のために頑張ってきた。歩けなくなる不安をかき消すように、車いすバスケに打ち込んできた。そんな彼女が大きな未来を夢見るようになったという。

「まだ車いすバスケを見たことがないという人も多いと思います。2021年はそういう人に少しでも多く見てもらって、車いすバスケのファンを増やしていきたい。試合を見てもらえれば、スポーツとしての楽しさ、面白さを分かってもらえると思うんです。実はまだ車いすバスケができる体育館は多くありません。床が傷つくんじゃないかといって断られることも多い。車いすバスケの正しい知識が広がれば、競技できる場所も増えるでしょうし、競技人口も増えるはず。最近は、練習や試合の合間をぬって小学生などに講演会をすることも増えてきました。健常者の方でも車いすバスケに参加する人が出てきています。競技を取り巻く環境がどんどん広がり、変わっていってほしいと思っています」

たくさんの壁を乗り越えてきたからこそ、笑顔も輝いて見えるのだろう。さらに彼女が輝きを得られるよう、まずは2021年の大きな挑戦を応援したい。
Mayumi Tsuchida

土田真由美

女子車いすバスケットボール界のエースとして、2010年からは日本代表として活躍。2013年には全日本女子車いすバスケットボール選手権大会での優勝に貢献、MVPに輝く。2017年からは男子チームにも所属し、男子チームの一員としても活躍。株式会社シグマクシス所属。
文・川上康介 写真・淺田 創 アスリートビューティーアドバイザー・花田真寿美
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