協業の経緯・成果
銀行の改革に通じる新事業への挑戦
—これまでの経歴と、MGCのプロジェクトに参画したきっかけを教えてください。
廣島:私は、京橋支店の勤務を経て2006年からロンドンに3年間駐在していました。帰国後は三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社に出向し、その後ニューヨークに赴任して銀行と証券のプラットフォーム一体化プロジェクトなどに参画しました。2020年12月から寺井さんと一緒にMGCに出向しています。MGCに出向する前、私は投資家向け債券の組成・販売や、非投資適格先(「投資適格」とされる外部格付を持たないお客さま)へのファイナンスの方策を検討する職務についていたので、リスクを取りながら既存のファイナンスの幅をいかに広げるかについて問題意識を持っていました。MGCの計画を知ったときは「これだ」と思いましたし、このチャレンジがこれまでの銀行業務を大きく変える可能性があると強く感じました。
寺井:私は、支社で法人営業を担当した後、ストラクチャードファイナンス部に異動し、国内外でさまざまなプロジェクトファイナンスの組成に携わりました。2014年に米州投資銀行部に異動、その後ロンドンに移りプロジェクトファイナンスの審査を担当していました。これまでの業務の中で、新規セクターへの当行のリスクアペタイト(受容するリスク度合い)の拡大をはじめとした戦略立案にも参加していました。出向のお話をいただいてからMGCのことを知ったのですが、「ストラクチャーでリスクを軽減していくプロジェクトファイナンス」の世界とはまったく違う、「成長性を見て、より深いリスクを取り高いリターンを得るベンチャー向け貸出」という挑戦に、非常に興味を覚えました。
知名度ゼロからのスタート
—事業の経過と現在の成果を教えてください。
廣島:昨年12月にシンガポールへ入国後、資金需要がありそうなスタートアップをリストアップし、取引先を探しました。
寺井:MGCは知名度ゼロからのスタートでしたから、とにかく地道にコンタクトを取り、現地のベンチャーキャピタルやスタートアップ関係者との接点を作りながらMGCのプロダクトの強みを理解してもらうという活動を約半年の間繰り返しました。
廣島:合計約400社にアプローチし、その結果、2021年10月までにアジア、オセアニア、欧州で合計15社のスタートアップ企業と融資条件の合意を行っており、その内、11社にはすでにファイナンスを開始しています。銀行からの出資額を計画比前倒しで増額することとなり、この1年は良いスタートが切れたかと思います。
(Mars Growth Capital Managing Director and CCO 廣島 竜太郎)
提携事業について
「AI+人」のハイブリッド審査へ
—MGCの与信モデルにはどのような特徴があるのでしょうか。
寺井:好調な滑り出しの背景には、Liquidity Capital社の与信モデルの優秀さがあるのですが、そこに当行の審査ノウハウを掛け合わせた「ハイブリッド審査」へとブラッシュアップできたのが大きかったと思います。
銀行の伝統的な審査モデルは、過去の決算書などに基づく分析が主流です。一方で、Liquidity Capital社のモデルは、スタートアップの現在の業績をリアルタイムで確認し、AIを駆使して将来の姿を予測するというものです。AIを用いて企業の未来の姿を定量評価するという点は、まさに目からうろこが落ちる思いでした。しかし、データドリブンで見ていく場合、今回のパンデミックのように想定外の大きな出来事などによって数字が動いた際に、その理由を詳細まで知ることはできません。そこを明らかにするためには、その企業が持っている技術や顧客網の特徴、マネジメントチームの資質といった要素も組み合わせて見ていくことが必要で、ここで銀行の伝統的な審査のノウハウが活きました。「AI+人」というハイブリッド審査にすることで、このAI与信モデルの価値を最大限に発揮させることができたと思います。
廣島:AIの正確性や妥当性を判断するのは、最終的にやはり人の目ですね。その点に気づくことができたからこそ、難易度が高いといわれるスタートアップへの与信が順調に進んでいるのだと思います。
ゲームチェンジャーとしてのデットファイナンスへの大きな期待
—お客さまからの反応と、評価を得ているポイントを教えてください。
廣島:MGCは認知度も上がり、スタートアップからの評価も非常に高いと感じています。理由はなんといってもスピードです。競合のデットファンドや伝統的な金融機関では、融資の実行に3ヵ月~6ヵ月程度はかかるため、スタートアップも資金調達を諦めざるを得ないことがありました。しかし、MGCではそれを1ヵ月~1ヵ月半程度で実行することが可能です。融資の可否や条件の提示は、データをいただいてから数日以内に行っています。
寺井:株式の希薄化を招かない、ということも高い評価をいただいている点だと思います。実際にあったケースですが、年間売上約300万ドルのスタートアップが約800万ドルをエクイティで調達しようとしていました。市場の評価もまだ高いとはいえず、本来であれば多くの株式を発行する必要がありましたが、MGCのデットファンドを使っていただくことで、株式を希薄化させることなく資金調達ができ、感謝のお言葉をいただきました。その企業は今では売上が500万ドルまで成長し、より高い株価でより大きなエクイティ調達が可能となりました。このように、デットファイナンスという新たな選択肢によりスタートアップの資金調達の幅が広がることで、企業の成長のさらなる加速を生むことが業界全体から期待されています。
(Mars Growth Capital Investment Manager 寺井 聡)
今後の展望
「違う」からこそ学びがある
—自身もスタートアップであるリクイディティ社との協業はいかがですか。
廣島:MGCは企業規模も文化もまったく違うLiquidity Capital社と三菱UFJ銀行の合弁会社です。思想、アプローチ、スピード感など何もかもが違う中で、どう折り合いをつけていくのかという点が課題でしたが、「MUFGではこうだ」という言い方は絶対にしないと決めてコミュニケーションを取っています。
寺井:事業開始前に融資方針を巡るディスカッションを密に行うことができたのが良かったと思います。お互いのリスクアペタイトは大きく異なります。それについて、単に主張をぶつけ合うのではなく、なぜそう考えるのか、背景を含めて時間をかけて話し合いました。その結果、お互いの理解が深まり、リスペクトできるようになったと思います。日々個別の案件を進める中でも、考え方が大きく違うからこそ学びがあります。どんなにリスクの高い案件でも、Liquidity Capital社出身の彼らは絶対に「ノー」から入りません。「何かできることがある」と考えるのです。その姿勢は非常に勉強になりました。
廣島:常に情報を共有して状況が変わればすぐ話し合う。このコミュニケーションもMGCならではだと思います。私たちがLiquidity Capital社のスタイルから学んだことの一つです。
日本の銀行業界を変える一歩に
—MGCが実現したいことやこれからの目標についてお聞かせください。
廣島:MGCはまだ事業開始後1年程度ですが、アジアにおけるデットファンドのトップになり、アジア経済の成長を牽引していきたいと思っています。また、MGCのAI与信モデルからの学びを銀行の伝統的な審査手法にどう活かせるか、その成果を持ち帰ることも重要なミッションです。
寺井:「スタートアップの資金調達はVCからエクイティで」というのがこれまでの常識でした。それに対して、デットファイナンスという選択肢をリアルなものとして示すことができたのは大きな意味のあることだと思います。また、私たちのようないわゆるメガバンクが、まったく文化の異なる海外のスタートアップとともに新たな金融ビジネスに挑戦し、成果を出しつつある。このことも、日本の銀行業界の今後の在り方を考える上で、大きな意味があると思っています。