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SINAI社のSaaSを導入し、グループ・グローバルでGHG排出量を算定

SINAI社のSaaSを導入し、グループ・グローバルでGHG排出量を算定

2022年3月、株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ(以下、MUFG)と脱炭素化支援ソフトウェアプラットフォームを展開する米国スタートアップ企業SINAI Technologies Inc.(以下、SINAI社)は、MUFGのグループ・グローバルでの自社GHG(Green House Gas/温室効果ガス)排出量の算出を実現することで合意。すでに2021年度分の世界約2,000拠点の集計を終えた。この協業がいかにして実現し、今後どのように展開していくのか、SINAI社の創立者で現CEOのマリア・フジハラ氏と三菱UFJ銀行総務部副部長の谷川智一、協業実現に向け橋渡し役を担った三菱UFJ銀行デジタルサービス企画部DX室Global Innovation Team(以下、GIT)の柴田鮎美の3人に話を伺った。

(写真左から)
●三菱UFJ銀行 総務部 副部長 谷川 智一
●SINAI Technologies Inc. CEO マリア・フジハラ氏
●三菱UFJ銀行 デジタルサービス企画部DX室 Global Innovation Team柴田 鮎美
※所属部署・役職はインタビュー当時のものです

SINAI Technologies Inc.
設立:2017年
本社所在地:米国サンフランシスコ
事業内容:脱炭素化インテリジェンスプラットフォームを構築し、企業のGHG排出量の算定・分析・削減を支援
コーポレートサイト:https://www.sinaitechnologies.com


(三菱UFJ銀行 総務部 副部長 谷川 智一)

協業の経緯

Excelベースの手集計に感じていた限界

—協業の背景はどのようなものだったのでしょうか。

谷川:MUFGは2021年5月に「MUFGカーボンニュートラル宣言」を出しました。「2050年までの投融資ポートフォリオのGHG排出量ネットゼロ」と「2030年までの当社自らのGHG排出量ネットゼロ」の達成を邦銀として初めてコミットしたものです。実現のためには現在どれだけのGHGを排出しているのか、正確に把握しなければなりません。実は排出量の計算そのものは単純です。電気にせよガスにせよ、使用量に排出係数を掛け合わせれば出てきます。これを拠点数分足し上げていけばいいのです。ただし、排出係数は国によって違いますし、また毎年のように変わります。計算式は単純でも、組織が分かれ数千の物件があると、集計には多大な手間と時間がかかります。実は2021年の秋にExcelでシートをつくって管轄する各拠点に送り、回答を集計するということを試みたのですが、完了させるのは本当に大変でした。これはシステム化しなければだめだと思い、ツールを探し始めたときにSINAI社を紹介してくれたのがGITの柴田さんです。

柴田:GITは米国に拠点を置いて、本邦の金融機関がやらなければならないことに貢献できるツールやそれを持っているスタートアップを洗い出し、協業の可能性について助言することをミッションにしています。GHGは米国でも大きな問題として認識されており、企業に対する排出量開示の義務付けも2023年度から実施されます。確実にデジタル化のニーズがあると考え、その技術を持っているスタートアップをリスト化して調査を進めていました。全部で30社から40社の候補の中で注目したのがSINAI社です。歴史は浅いのですが、CEOのマリア・フジハラ氏はこの世界で15年間コンサルティングに従事していた人で、共同創立者であるCTOはUber Technologies, Inc.の初期メンバーでスーパーエンジニアです。米国でのGHG関連スタートアップ領域でも環境面の専門知識とテクノロジーとしてのエンジニア力の両面を兼ね備えている企業は少なく、有力な候補だと思いました。

マリア氏:当社は2020年に脱炭素化インテリジェンスプラットフォームを構築し、大手企業のGHG排出量の算定・分析・削減を支援しています。単なる排出量算定プログラムの提供ではなく、クライアント企業のGHG排出量削減ロードマップの策定・監視を実現していく科学的根拠に基づいたシナリオ予測機能を持っているのが特徴で、世界的にも注目されています。ぜひ、日本のGHG領域をリードするMUFGにも私たちのSaaSを活用していただきたいと思っていました。


(SINAI Technologies Inc. CEO マリア・フジハラ氏)

協業の過程と内容

お互いのビジョンを確認し共にプロダクトを仕上げていく

—SINAI社のSaaSの選定や導入はどのように進んだのですか。

谷川:2021年の11月にSaaSでこういうことを実現したいというRFP( Request for Proposal)をSINAI社も含めて数社に示しました。その中には大手企業や実績がある企業もありましたが、SINAI社はスタートアップでどんなものを出してくるのかは分からなかったですね。ただ、スタートアップもぜひ見てみたいと思っていました。

—結果はどうでしたか。

谷川:結論から言うと、いずれの提案もその時点では私のすべての要望を満たしてくれるものはありませんでした。しかし、私が重要だと思っていた三つのこと——英語だけでなく日本語にも対応したものにしたい、下から細かく積み上げ緻密な数字を出したい、データを的確に分析し背景を含めその意味をストーリーとして提出できるようにBIツール(※)と連携させたい、ということについて、追加のソリューション開発も含めしっかり対応していきますと言ってくれたのがSINAI社だったんです。
※BIツール…Business Intelligenceツールの略。企業に蓄積された大量のデータを集約・分析・共有するためのツール。

柴田:実はこの追加のソリューション開発について、SINAI社は最初から積極的であったわけではありません。なぜそれが必要なのか、ということが明確に伝わっていなかったんです。DX室として両者の間に入りました。もともと日米では文化も違うし商習慣も違います。RFP一つとっても、日本の場合はすべてを書かず行間で表現するといったことがあります。それを読み取れないスタートアップが悪いと言ってしまったら、スタートアップのすぐれた技術は導入できません。RFPにこう書いてあるのは、こういう背景があり、こういう要求なのだと何度も面談を重ねSINAI社側に細かく伝えました。もう一つ、SINAI社に伝えたのはカスタマイズの要望の背後にあるMUFGの思いです。単なる開示義務化への対応ではなく、日本のリーディングバンクとして責任を持ってカーボンニュートラルの先陣を切っていこうとしている、だからこそしっかりとした数字を求めているわけです。その話をするとCEOのマリア氏も、もともと地球環境問題が深刻化する中で高い志を持って起業した人ですから、ビジョンは互いに共有できるものでした。スタートアップ企業も単純に売上につながればそれでいいわけではなく、ツールを提供したり協業したりする先がどういう企業なのかということをしっかり見ています。ビジョンが一致しているからこそ一緒にプロダクトを仕上げていくパートナーと考えるわけです。SINAI社がMUFGの要望に応えようと思ったのは、ビジョンを実現するパートナーでありカスタマイズがMUFGのためであると同時に、プラットフォームをより魅力のあるものにしていくという意味で自分たちのビジョンの実現にも価値があると思ったからなんです。

谷川:SINAI社とは2022年3月に契約を締結し、導入に際してのカスタマイズの作業を進めました。その後6月からいよいよ各拠点で2021年度の数字を使って入力作業を始め、8月にはほぼ数字が出そろいました。

マリア氏:契約締結後、私たちはグローバルオペレーションや日本語を含む多言語サポートなど、MUFG向けにカスタマイズしたソフトウェア開発を進めました。日系企業との協業はMUFGが初めてであり、MUFGのユースケースは非常に複雑でしたが、データの正確性や緻密性を最優先に考える谷川さんやMUFGの信念はデータをボトムアップで緻密に積み上げていくSINAIの信念と通じるものがあり、チャレンジしたいと強く感じました。開発と導入を同時に6カ月で達成するのは、アメリカの先進的なテック企業でも非常にチャレンジングな取り組みです。しかし、本件は、日本のGHGモニタリングをリードしていく先進的なユースケースになると信じ、SINAIとしてもスムーズで効果的な導入となるようプロダクトとカスタマーサポートの両軸でユニークなソリューションを提供できるようにしていきました。また、MUFGは今回の協業を通して、私たちの初の日本市場参入を後押ししてくれた最高のビジネスパートナーとなり、日本企業向けにローカライズされたソリューション・サポートを実現することができたと思っています。


(三菱UFJ銀行 デジタルサービス企画部DX室 柴田 鮎美)

協業の成果と今後の展望

覚悟を持って進めたスタートアップとの協業

—協業の成果はどんなところにあると感じていますか。

谷川:直接の課題であったGHG排出量の計算について、内外の各拠点がSINAI社のSaaSを通してダイレクトにシステムにアクセスし、事務負担を軽減しながら作業を終えることができました。また、集計結果についてもBIツールを活用し、さまざまな切り口で分析することができます。それこそが求めていた成果そのものです。ユーザビリティの観点からリクエストはありますが、SINAI社は顧客企業からのフィードバックに常に真摯に向き合い、商品開発に活かそうという姿勢をもっているので、その点は期待しています。また、MUFGがカーボンニュートラルという世界的な課題について本気で取り組み、日本を引っ張っていくというメッセージになりうるのではないかと思います。

柴田:スタートアップが開発したSaaSを導入するのは、MUFGという巨大企業にとって覚悟のいる決断だったと思います。SaaSの手軽さはあるとはいえ、世界50カ国に広がる全拠点で導入すれば、簡単には変えられません。業務部門が決断したことに非常に大きな意味があると思っています。

谷川:たしかにGHG排出量計算という分野でまだ安定した実績のあるソフトウェアやプラットフォームは存在していないように思います。スタートアップのSaaSを採用するのは決断がいりました。しかしMUFGのマネジメントは「世界が進むチカラになる。」というパーパスを明確に打ち出し、脱炭素でもMUFGが先頭でけん引するという強い意志を持っています。「やりたいことを実現してくれると思うところを選べばいい」とも言ってくれました。

—今後はどんな展開になっていきますか。

谷川:今集計しているのはGHGの中でもSCOPE1と2に分類されているものです。しかし今後はSCOPE3と呼ばれる間接排出量の算出も必要になります(※)。実際、米国証券取引委員会(SEC)は、上場大手企業に対して2024年度の数字を集計して2025年から開示することを求める方針です。今後もSINAI社のサポートに期待しています。
※SCOPE1:事業者自らによる温室効果ガスの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)
 SCOPE2:他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出
 SCOPE3:SCOPE1、SCOPE2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)

マリア氏:私たちもソフトウェアの継続的改善とMUFGの脱炭素化戦略の長期的なサポートを進めながらMUFGとのパートナーシップを加速し強化したいと思っています。
具体的には、銀行業務に係るGHG排出の算定を自動化すると同時に、MUFGのSCOPE3排出量をより高度に管理できるよう排出管理機能を拡張していきます。また、今回の経験を活かして、日本企業のGHG排出の算定、レポーティング、脱炭素化戦略の支援も行っていきたいと思います。